博多の女(ひと)
九州場所も今日で千秋楽を迎えた。客足の減少に悩む大相撲も昨年の九州場所は魁皇人気で沸いていた。ところが一転、今場所の空席状況は悲惨だった。外国人力士が上位を占め、強い日本人力士が現れないことに多くのファンが失望している。相撲好きの私も実況放送を近頃あまり見ていない。
ただ今場所だけはテレビ観戦を欠かさなかった。新大関の琴奨菊や今場所に大関昇進をかける稀勢の里への期待が強かった。尤も、それは表向きの理由である。実は力士の背後に映る博多人形のような和服姿の女性がお目当てだった。昨年の九州場所でもテレビで見かけた。連日土俵入りが済んだ頃に桝席へ着き、端然として座っている。
齢のころは四十歳前後であろうか。毎日お召物が違っている。今日は金糸刺繍の入った薄茶色の訪問着らしい。残念ながら彼女をクローズアップで映すことはないので、細かい柄までは分らない。大一番の勝負が決まった時には殆どの観客が顔を上げ、大きな口を開けて感情を露わにするが、彼女は姿勢を崩さず、表情も変えず、控えめに拍手するだけである。知合いが隣に来る日も多いが、大声で喋り合う様子もなく、口を手で押えて慎ましげに話している。
一体どんな素性の女(ひと)だろう、私は下種の勘繰りをしていた。一日も欠かさず和服を取替えて桝席に来るのだから、お金と時間のある相撲好きには違いない。上品な顔立ちと着物の着こなし方、正座姿の美しさから推察して、しっかりとした躾を受けた女(ひと)である。でもテレビによく映る向正面寄りの最前列の西桝席をわざわざ選んでいるのは、何か曰くがありそう。
由緒ある素封家の奥方ではなく、料亭の若女将だろうか。それとも極道の妻かな。そう云えばひと頃の岩下志麻にどこか似ている。組に帰ったら若い衆を顎で使い、あの和服姿で片膝を立て敵に啖呵を切っているのかも知れない。
楽しい想像は尽きないが、その先は来年の九州場所までの預かりとしよう。