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「800字文学館」

飛鳥寺をたずねて

大月 和彦

 11月中旬、久しぶりに明日香を歩いた。
 近鉄飛鳥駅前で自転車を借りる。主な道には自転車専用レーンがあり、安心して明日香路を走ることができた。

 大和盆地の南端にあり、東に竜門の山なみと西に甘樫の丘をのぞむ明日香村は、南北1・5㎞、東西0・5㎞の狭い地域。7世紀に古代国家の都が置かれ、宮殿や官庁が建ちならび、また激しい権力闘争が行われたところ。一帯にはまだ多くの遺跡が埋もれているとされ、一部では発掘作業が行われていた。
 飛鳥の里の一画に浮かぶ杜の中に飛鳥寺があった。さして広くない寺域に黒い甍の金堂が見える。仏教を受けいれた全盛期の蘇我馬子が建立したわが国最古の寺。
 戦後の発掘調査で、塔を中心に東、西、北に金堂を配し、回廊を巡らした本格的な伽藍式寺院だと分かった。

 金堂に入ると目の前に本尊の大仏が端座している。わが国最古の釈迦如来像。渡来人の子孫鞍作止利の作。高さは2・5mぐらいか。顔がいやに大きく、パッチリ開いた目と高い鼻が目立つ。
 右の頬や体全体に多くの疵がある。金銅製のこの像は何回もの火災で傷ついたらしく補修の跡が目立つ。豊満さはなく硬い感じ。顔は心もち右を向いているようだ。右から見る顔はやさしく、左から見るときびしく見えるという。
 大仏は石製の低い台座にあるので、仰ぎみる高さではなくすぐ目の前にある。祭壇や供物台なども簡素だ。
 外国から新しい文化として入ってきた仏教の目に見える具体的なモノ―寺院と仏像―に初めて接した当時の人々の驚きを思う。
 拝観者のために座イスが用意してあり、自由に使っていいという。写真も自由にどうぞと侍僧。奈良京都の大寺院のような仰々しさがなく庶民的。ゆったりした気分で拝観できた。

 境内に古い万葉歌碑があった。都が平城京に移った後の飛鳥の山や川などの自然を賛え、荒れてしまった古都を嘆いた山部赤人の長歌。歌人佐々木信綱の書になるこの歌碑を、飛鳥寺は昭和の国宝級だと自賛していた。

(11・12・7)

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