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「800字文学館」

パソコンライフ

濱田 優(ゆたか)

 学友のKはパソコンも携帯も持っていない。
 仲間が集まるときは、私が彼に電話をして出欠の意向を聞き、幹事に連絡をする。私もそれほど親切ではないから予め彼の都合を聞いたりはしない。彼は決まったことを知らされるだけで、途中の過程はつんぼ桟敷だ。
 いつも飲み会ではKの時代遅れを肴にして、いっとき話が盛り上がる。いまどきメールを使えないのは、現代社会の落伍者だ、縄文人だ、いや古代人だ、と面白がって囃し立てる。それでもKは全く動ぜず、こううそぶく。
「おれは、パソコンくらいやれば出来るけど、必要がないからやらないのだ」
「また負け惜しみを言って」と、みんなは嗤う。
 だが、彼は退職後閑居しているわけではなく、地元で外国人居留者の支援などの活動をしている。市民講座や講演会にも参加しているというから、地域の広報誌も丁寧に読んでいるのだろう。心通う友だちも何人かいて電話で連絡を取り合って時々会っているし、一緒に旅行もしている。彼なりに充実したシニアライフを送っているのだ。
「おれにいわせれば、のべつパソコンにへばり付いている君たちの方が、残り少ない持ち時間を浪費している」
 彼がこう反論しても、仲間うちでは多勢に無勢で、「また情弱(情報弱者)が強がりを言って」と斥けられ、私も友達甲斐なく多分につく。
 しかし内心では、IT化の波に翻弄さている私たちの痛い所を突かれたな、と自らを省みる。卒サラ後は自分のペースで暮らせるはずなのに、パソコンとの付き合いに時間を取られて思ったより気忙しいのだ。
 パソコンは確かに便利な道具だけれど、依存し過ぎるとかえって自分の時間を失う。それに技術の進歩が激しく、年を取るとバージョンアップや製品の多様化、そしてSNSなどの新しい流れについて行くのが難しい。
 といって、今さらKのようなパソコン無しの生活には戻れない。私は、無理なくITの成果を取り入れて充足したシニアライフを送るにはどうしたらいいか、模索している。

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