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「800字文学館」

ルーマニア

中村 晃也

 甥が結婚することになった。テレビで見た体操選手に憧れてルーマニアのブカレスト大学に留学し、同級の美人の女の子と結婚するのだという。当地で一九九八年革命のあった翌年のことである。

 結婚式前夜、両家の親戚約二十名を当地最高のインターコンチネンタルホテルに招待して、顔合わせ食事会をした。全部こちらの奢りだ。
 メインデイッシュは硬いステーキだった。先方の家族や親戚はこんな美味いステーキは初めてだとかぶりついていたが、あまりの硬さに私の母の入れ歯が外れてしまった。

 結婚式は古い教会で挙行された。三人の神父がオルガンに合わせ、鈴を鳴らして賛美歌を歌う。薄暗い、煤けた石壁の教会に美声が響いた。
 披露宴は特別なコネをつかって在郷軍人会館を借り切った。中型のホールで長い木製のテーブルが三台あり椅子は長い板に脚を付けただけの粗末なものだった。ホールの端にお雇いの三人のバンドが準備していた。楽器はギターとキーボードそしてバラライカだ。

 食事はスープから始まったが、次のメニューに進むのに三、四十分かかる。その間出席者は丸い輪になって民族舞踊を踊るのである。
 肥ったオバサンにマークされ何度も踊りに誘われた。顔はふけてみえても実年齢はかなり若いのだ。ダンスで組んだ時、右手をいくら伸ばしても彼女の背中の中央まで届かない。曲にあわせてグルグルまわるときは彼女に振りまわされる形で目がまわった。

 同席した知人が、ルーマニアでやれば絶対儲かる商売を見つけた、と教えてくれた。
 ひとつはウオッシュレットで、冬が寒い当地では大当たりするという。が、当地は水道も電気も供給が不安定だし、価格面から現実的でないという結論になった。
 他のひとつはカレーハウスである。安い外米をつかってコストを下げ、いろいろな風味のルーを揃えればこの国では、皆大喜びすると断言する。
 なんでそんなことが言えるのか詰問したところ、彼は黙って、指でテーブル上に字を書いた。「ルー・マニア」と。(完)

二十三年十二月

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