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「800字文学館」

トイレの怪

濱田 優(ゆたか)

 ヨーロッパから中近東諸国を巡る旅を続けている。訪ねると、各国のお国ぶりを見知ることができて面白い。
 トイレ事情も国によって様々だが、昔は朝顔といった男の小用器受口の位置は、概して高くて身長百八十センチの私でもそれほど余裕がない。私より十センチほど低い旅の相棒は、かなり苦しいようで所によっては背伸びをしないと届かないとこぼす。身長は足りても、二人とも典型的な日本人体型だからだ。
 物好きな人が調べたら、日本の代表的なメーカーの朝顔の高さは五十センチ、それに対しドイツのメーカーのそれは七十センチで二十センチも差があるという。

 背の低い人はどうやって用を足すのだろう。
 私がまだ若手といわれた昔、工場では天皇と称されていた偉いさんの鞄持ちでドイツに出張したことがある。彼の体型は今ならいえるが豆タンク。トイレから爽やかな顔をして出てくる天皇に向かって、それを訊くのは命知らずだ。私は長らくこの不思議を抱えて過ごした。

 謎が解けたのは、後年団体旅行でヨーロッパに行き、トイレ休憩の時に並んで順番を待つ間に背の低い人の仕草を目にしたからである。
 その後もしばらくは、「正解は男の沽券に係わるからいえない」と古い女友だちを煙に巻いていた。
 しかしあるとき、若い女性にこの話をしたところ、
「あたし知ってる。パパがママにいつも叱られているんだもの。『周りを汚すから座ってしなさい』って」といわれ、ネタがばれしてしまった。
 最早家のトイレに男用の朝顔はなく、女性が主導権を握る時代になっては、この話はもう使えないと諦めていると――。

 数年前に神秘の国エジプトを訪ねた折、とあるレストランのトイレの入口で、出てきた背の低い男とすれ違った。中に入って用を足しながら気付いた。何か変だ。このトイレは小用専用で個室がない。しかも朝顔の位置はすこぶる高い。彼はどんな技をつかったのだろう。まさか飛び上がって用を足したのではあるまい。
 ……新しい怪が現れた。

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