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「800字文学館」

陛下、一歩お先に

中村 晃也

 私は二〇〇二年に、前立腺肥大症で手術をした。両親の死因から、癌の家系に間違いないと、アリコの癌保険に二口も加入した。その保険は、医師から癌だと宣告されたら即、百万円のお見舞金が出るという条件だった。が、残念なことに癌ではなかった。
 翌年、天皇陛下が前立腺癌で手術をされた。短期間の入院ですぐに復帰されたが、保険のお見舞金を入手されたかどうかは定かではない。

 それから十年たって私は心臓の手術を受けるハメになった。昨年二月頃から頭がふらつき、まっすぐに歩行することが困難になった。駅の階段では手摺りの傍でないと不安になった。
 ホームドクターから心電図の異常を指摘され、国立国際医療研究センターの循環器科で、十ケ月間いろいろな診察を受け、薬の効果を試したが、ラチがあかなかった。結局、右手首からカテーテルを入れて心臓の写真を撮り、左旋冠動脈に九十パーセントの狭窄がみつかった。
 今年になって再入院し、患部にステントと称するパイプ状の金網を挿入する手術を受けた。手術自体は問題がなかったが、その夜就寝中に大声で名前を呼ばれ起こされた。目をあけると三、四人の看護婦が心配そうに顔を覗きこんでいる。夜間は自動モニターで心臓の動きを監視しているが、その信号が突然停止したのだそうだ。原因は寝相がわるく装着部がはずれたのだった。

 小生の退院後一ヶ月を経ずして、天皇陛下が冠動脈狭窄で入院された。患部が広範なのでステント挿入では間に合わず、二箇所のバイパス手術を受けられた。どうやら私は陛下の病気の露払いの役を演じているようだ。しかも恐れ多くも、病状は私のほうがいつも少し軽いのである。

 手術後は便通が良くなり、就寝中の鼾も減り、少し肥った。だが、頭のふらつきは多少残っている。「中村さんの頭のふらつきは心臓のせいでなく生まれつきだ」と言われた。

 人前で思うことが言えないという、私の弱い心臓が、筋金入りになった効果はまだ出ていない。(完)

十二年二月

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