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「800字文学館」

ミルクティー

小寺 裕子

 洋食屋の美味しさはハンバーグを注文すると判るという。私の場合は、ハンバーグでなく紅茶だ。
 ランチセットで紅茶を頼むと、コーヒークリームが味気なくポンと添えられていることが多い。千円くらいならともかく、ちょっと高額なのにクリームだと、機嫌が悪くなってしまう。私のミシュラン(ケチラン)ガイドで☆は差し上げられない。
 クリスマスに不二家に入って、紅茶を注文した。「ミルクでね」と確認したにもかかわらず、クリームが付いてきた。
「牛乳でお願いしたいんです」
「牛乳は出せないんです」
「キッチンのを、温めないでいいから、少し入れてきてもらえないんですか」
「あの、ちょっとお待ちください」
 マネージャーらしき男が現れて、やはり牛乳は出せないと言う。私は四百八十円もする紅茶で、このサービスは何事かと思い、注文をキャンセルした。同席していた家族からはブーイングを浴びたが、私のこだわりは曲げられない。
 私が「ミルクでね」と言った時に、「すみませんが、当店はクリームしかお出ししておりません」と説明すべきであろう。クリームとも呼べない植物油と牛乳との区別もつかないとは。
 私は数年前のスキャンダルまで思い出して、「やっぱりね」と納得してしまった。
 先日九州の阿蘇の麓のパン屋さんの五百円ランチを食べた。ビーフシチューに自家製のパンが各種食べ放題である。満足しきった私は「これではクリーム紅茶でも文句は言えない」と思った。この浅薄な考えは、店に対し失礼であった。なんと紅茶の脇にかわいい入れ物に入った牛乳が添えられているではないか。小さな町で本当のミルクティーに出会えた。ミルクを出す手間を惜しまないこの店のパンが美味しかったことは言うまでもない。
 この話には後日談がある。この文を書くにあたり、不二家の紅茶の値段を確認したかったので、年明けに店に電話をした。
「この間のお客様ですか。今年からお客様の要望があれば、ミルクをお付けすることにしました」

(二〇一二年二月十日)

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