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「800字文学館」

「信用不安」の時代

野瀬 隆平

 実際にはそれほど危険が迫っていないのに、発信される情報が信用できなくて不安に陥ることがある。

 「信用不安」とは、信用が命の金融市場で、ふとしたきっかけから相手に対する信用度が低下して不安となり、その結果、経済が停滞することを表わす用語だ。
 リーマン・ショックや昨今の欧州の金融危機などがその例である。いわば「風が吹けばおけ屋が儲かる」式の論理で、情報が必要以上に不安を増幅し、必ずしも直接的には関係のない分野にまで影響が拡大してゆく。

 日本で起きている諸々の問題を考えるとき、これと似たような「信用できずに不安になる」現象が共通して、根底にあるように思える。
 例えば、年金の問題。若い世代が保険料を支払っても、将来それに見合った年金がもらえないのではと不安に思う。大丈夫ですと言われれば言われるほど信用できずに不安を募らせる。払い込んだ保険料に、国の税金などが上乗せされるのだから、得するはずなのに、情報発信者への信頼が一旦揺らいでしまうと、信じられず不安に陥る。
 原発事故によって生ずる低線量の放射線被ばくの問題は、最たる例である。政府がいかに科学的データに基づいて基準をきめ、放射線の計測値を発表して、安心ですよと言っても信用しない。安心だと強調すればするほど、本当は危険なのではと不安になる。その結果、実際には害がないのに風評被害で、農作物が売れなくなり、原発から離れた岩手や宮城のがれきの処理までままならなくなる。誠に不幸な事態と言わざるを得ない。

 信じられる名医の言葉で安心が得られる。そんな関係が理想的であるが、不幸にして情報が信用できないのであれば、どうすればよいのか。つまるところ、真実は何なのか、事態をどう理解し行動すべきか、自分で判断するしかない。その判断を助けるべく、客観的な情報を提供するのがマス・メディアの重要な役割であるのに、ややもするとセンセーショナルに書きたてて不安を煽り、実態をさらに悪くしている。

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