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「800字文学館」

サイドウオーカー

中村 晃也

 ニューヨークのセントラルパークの近くにそのレストランはあった。粗末なドアを押して店内を見渡す。「ここは蟹の料理が専門です。だから店名がサイドウオーカー」と案内してくれた商社マンが教えてくれた。

 コンクリートの床の大きな部屋に、直径二メートルぐらいの丸いテーブルがいくつかあり、粗末な大型の木製の椅子が囲んでいる。「ハウメニー?」「ウイーアーセブン」「ワイン?」「イエスプリーズ」注文はこれだけだ。
 長靴のウエイターが円卓の上にビニールのカバーを被せ、人数分の木製のナイフと小さな木槌を無造作に置き、各人の椅子の間にプラステイック製のバケツを置く。

 待つほどに、ゴムエプロンの若い衆が大きな平たい籠を肩に載せてきた。と、籠の中身を湯気とともにテーブルの中央に広げた。計四十二匹の縦十センチ、横十五センチほどの蒸した渡り蟹の山ができた。
 白ワインのボトルと大型の紙コップ、パンとバター、濡れたテイッシュの束をどんと置いて「エニシングエルス?」と聞く。そしてにこりともせず「エンジョイ」と言って次の客のほうへ行ってしまった。

 蟹には、ほど良い加減に塩と黒胡椒が振ってある。先ず両手で足をはずし木製ナイフをあてて木槌で叩き割って食べる。食べ終わった殻はバケツに放り込む。一同無口のまま次々と平らげる。ワインはがぶ飲み状態だ。  別れ際に「余った蟹は私が頂いてよろしいでしょうか?」商社マンが言った。「こんなに美味い蟹を子供らに食べさせてやりたいので」

 翌朝の打ち合わせに、彼は遅刻した。顔に絆創膏を貼っている。「いや恥ずかしながら」と彼は言い訳した。「実は帰宅したら子供らはもう寝ていました。で、蟹は女房と全部食べてしまいました。なれないものを沢山たべたので全身に発疹が出て、今朝は医者に行くはめになりました」

 彼の上司がこっそりこういった。
「あいつはこんなヘマを、よくやらかすので本流になれないのです。店の名前と同じサイドウオーカーなんですよ」(完)

二十四年四月

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