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「800字文学館」

黒椿と、生もの『オーパ』

大越 浩平

 黒百合は恋の花とか、黒い花びら。黒い花には妖しい響きがある。黒椿が茅ヶ崎の氷室椿庭園にあると聞き出かけた。庭園には250種類の椿が植えられているが私の目的は黒椿のみ。黒椿も数種類あるそうだが咲いているのを見つけたのは一本だった。
 四―五㌢の中型の花で、花弁の上部はやや赤黒く、下部に入り乾いた血糊のような赤黒さに変わる。花芯には、赤黒い雄しべ達が黄色い花粉をたっぷりと頭に載せて雌しべを取り囲み、王冠のように輝いている。
 花弁とのコントラストが妖艶だ。一見派手さは無いが、重量感と質感、原始的な強い色調に圧倒される。

 近くの開高健記念館にも足を運んだ。私は30代にルアー釣りにのめり込んでいた。ルアー釣りは餌釣りと異なり、金属等のルアーを、うまそうな餌に見せかける操作で、魚の好奇心、闘争心をかき立たせて食らいつかせる釣りだ。釣り人は靴べらに似たスプーンや、回転翼を持つスピナー等様々なルアーを駆使する。
 理論派釣り人は水中地形や水流、水温、天候など諸条件を熟慮し五感を研ぎ澄ましてルアー選択し、感覚派は、その日の気分で選ぶ。

 魚達の潜みそうなポイントや回遊路を探り、ルアーを取っ替え引っ替えキャストを繰り返し、ひたすらヒットを待つ。
 ブラウンやレインボウトラウトがヒットする。その衝撃と取り込みのやり取りを「ガツン クネクネ」と表現しエクスタシーの時間を楽しむ。

 そんな快楽フィシングを、開高氏は月刊誌プレイボーイに『オーパ』として、とてつもないスケールの釣り紀行文を掲載。ルアー釣りから離れていた私は実体験をしているように耽読した。

 記念館で『オーパ』の自筆復刻版を購入する。万年筆に乗せる氏の感性と薀蓄が生々しい。添削の少ない完成度の高い原稿にも驚かされる。
 著者の息遣いを感じながら読書する自筆原稿版は、出版本とはまさしく異なる。重松清氏の言う、生もの『オーパ』だった。

「開高健 繊細で豪快 シャイで派手 黒椿が似合う男だ」

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