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「800字文学館」

仰向けに寝たまま社長と話したこと

志村 良知

 入社して一年間の工場実習後、配属されたのは開発本部第3開発部というところだった。当時まだ研究所がなかったR社の未来商品研究拠点である。そこでカラー複写機の研究チームに入れられた。
 現在のカラー複写機はデジタルであるが、その機械は液体現像静電複写方式で完全アナログ、部品点数五千、重さ五百キロ、A4版の複写に一分かかった。

 当時の社長は二代目で、在職中に亡くなった創業者社長が生前に三顧の礼以って後継者に指名しておいたという政治家出身の人だった。後に会社の体質改善のために、デミング賞挑戦を「理由など無い、子供がおもちゃを欲しがるのと同じだ」として陣頭指揮したことで、デミング賞受賞の社長として社史に残っている。
 社長は製品開発の実験室が好きで一人で来るという噂であった。我々のテーマは社長の「ルノワールの絵がコピーできる機械」、という一言で始まったという伝説があり、特別に興味がおありとも聞いていた。

 化け物のような複写機は、気温、湿度、機械温度、現像液温度、消耗品ロット差、コピー枚数その他諸々の要因の変動に画質が敏感に反応した。因果関係追求と対策の為にセンサーだらけになっていて、その計測系のお守が新米の私の仕事だった。機械の底にあるセンサーの調整は、ジャッキアップして自動車修理工のようにキャスターのついた板に寝転び機械の下に潜って作業した。
 ある時、機械の下で仰向けになっての微妙な作業の真っ最中に足許付近から「どうです」と言う声が聞こえた。どうもこうもあるか、と黙っていたらいつもは怖いリーダーが緊張した声で「志村君、志村君」と呼びかけて来た。煩いな、とキャスターをずらして顔を出すと新入社員講話で見た顔が見下ろしていた。驚いて起き上がろうとする私を、社長は「そのまま、そのまま」と制した。
 その後の事は良く覚えてないが、何をしているのかと云う意味の質問があって、私は仰向けに寝たままそれに答えたのだった。

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