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「800字文学館」

旅日記 ― モンサンミッシェル ―

野瀬 隆平

 バスが近づくにつれて、岩山の上に聳え立つモンサンミッシェルのシルエットが徐々に大きくなり、今から訪れる修道院への期待が膨らむ。
 しかし、バスは島につながる堤防の入り口まで来て止まってしまった。さて、どうしたのかと窓越しにみると、何台もの車が詰まっており渋滞を起こしている。そこで、ガイドから説明があった。島に通ずる道を工事中だという。

 今年の四月下旬に何十年ぶりかで、この世界遺産を訪れた時のことである。干満の差が大きい湾に浮かぶ岩山は、干潮の時こそ陸続きになるが、本来島なのだ。それを、観光に便利なように十九世紀の末に堤防を作った。その結果、潮の流れが変わり砂が堆積して、陸続きになってしまった。車でのアクセスが便利になって観光客が増えたのはよいが、「海に浮かぶ修道院」という独特の景観を失ってしまった。
 そこで、2005年に本来の姿に戻すプロジェクトが始まった。堤防を橋に作り替えて、その下を潮が自由に流れるようにして、再び島にしようというのだ。その一環として、湾に流れ込む川にダムを築き、引き潮の時に一気に放水して、砂を海に流し落とす工事は終わっている。

 車の渋滞はこの工事のためであった。陸側に大きな駐車場を作り、そこから歩くかシャトルバスで島に渡ることになる。数日後の四月二十八日からは全面的に車の乗り入れは禁止され、およそ1kmを歩くか、このシャトルバスに乗るしかない。一般の車で島に行く最後のチャンスだったのである。
 島では、名物のオムレツで有名なラ・メール・プーラールというホテルに宿泊した。日本のおいしい出し巻卵を食べなれている者にとっては、泡でふくらませたこのオムレツは、お世辞にもおいしいとは言えない。ただ、作っているところを見て、それを食べたという話の種にはなるが……。

 島への新しいアプローチは、2015年ころには完成の予定とか。できればもう一度来て、海に浮かぶ本来のモンサンミッシェルの姿を見たい。

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