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「800字文学館」

これぞ大和撫子 …橋爪文さん…

池田 隆

年賀はがきに記された一つの詩を書斎に掲げている。

役目

橋爪 文

落葉を終えた梢は
すでに新しい生命を
育んでいる
落葉を敷きつめた大地は
豊かな土壌を作り
はじめる
風のように通り過ぎる
人間たちよ
人類の役目は何?

 橋爪文さんと知合ったのは四年前に世界各地で被爆証言を共に行った航海時である。
 彼女は十四歳のとき勤労動員中に爆心地近くの広島貯金支局で被爆し、瀕死の重傷を負った。その体験話は心に響く。なかでも校庭で被爆し、翌早朝に亡くなった弟さんを綴った詩には、弟さんと同年の私は自らと重なり目頭が熱くなる。彼女も私に弟さんが重なるらしい。同行した多くの証言者のなかで核兵器のみならず原発に対し明確な反対姿勢を示していた二人はその面でも意気投合した。
 彼女は九死に一生を得た後も絶えず被爆治療のために病院通いを余儀なくされた。しかし主婦としても詩人としても還暦までは被爆体験を他に語ることはなかった。
 ある時、高校生の長男が横須賀に入港する原潜への反対運動に出掛けようとした。喘息の重いその息子に母親として、「まずは健康を取り戻してからにしては」と止めた。すると普段はおとなしい彼が涙ながらに「お母さんは被爆者で平和を求めているのに、何もしないじゃないか」と責めたという。その夜、彼女ははじめて被爆体験の詩を綴った。
 以後の活動には目を見張る。英語を全く話せなかった彼女はまず英会話教室に通い、つづけてスコットランドやニュージーランドへ語学留学する。そこで知合った個人的な伝手をたよりに英訳した自分の詩やエッセイをリュックに背負い、病魔と闘いながらユースホステルなどに泊り、「海外反核平和一人行脚・種まきの旅」と自称して原発大国のフランスを含め数十ヶ国の学校や市民団体を巡っている。
 冒頭の詩のように彼女の視点は世界を見渡し、遠い未来を見据えている。一見お洒落で華奢な普通の老婦人であるが、そのバイタリティと信念に
「これぞ大和撫子」

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