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「800字文学館」

ピンコロ地蔵

中村 晃也

 ある老人クラブでの会話。
「長野県佐久市に、成田山薬師寺という寺がある。平成十五年に、その山門近くに建立されたピンコロ地蔵が大賑わいだそうだ。ピンコロとはいつまでもピンピンと元気で暮らし、時が来ればコロリと大往生できるという有難いご利益があるそうな」

「今では、生命維持装置をつければ植物人間になってからも何年も死なずに居られる。本人が死にたくても、医者に装置を止めてくれと頼むこともできないし、問題だよ」と元医者。

「これはひとごとではない。我々も同じ立場になる可能性も十分あるよ。なんとか周囲に迷惑かけずに楽に死ねる方法はないかな? 安楽死はどうなの?」

「遺言協会は発足したばかりで、遺言による安楽死は日本では未だ認められてない。外国では、スイス、アメリカ(オレゴン、ワシントン)オランダ、ベルギー、ルクセンブルグが安楽死(尊厳死)を認めている。認められるのは、①死期が切迫している②耐え難い肉体的苦痛があり③その苦痛の除去緩和が目的とする④患者の意思表示がある⑤医師が処置する⑥倫理的に妥当な方法を用いる、のが条件だ」と元弁護士が応えた。

「苦痛なく死ぬには、ヘリウムガスを吸うのが一番楽だそうだ。肺の中の酸素濃度が8%になると脳に酸素が行かないから意識を失う。しばらくして酸素濃度6%で呼吸が停止し死に至る。この間十三分。ヘリウムの代わりに炭酸ガスを用いると苦しいのだそうだ」と元医者。

「アメリカの刑務所では人道的な薬殺刑があるらしい。注射して意識を失い苦痛なく死に至るそうだ」と元商社マン。
 以下雑談。
「俺は刑が確定する前に、他の囚人と一緒の部屋に住むのはいやだ」
「それならば、入所のときにシングルルームを頼めばいいじゃないか」
「部屋もデラックスを頼むとか、急ぐときは特急コースを指定すればいいか」
「その為には、どのくらいの悪事を働く必要があるのかなあ」

 議論は果てしない。どうやらピンコロ地蔵にお賽銭を弾むのが正解のようである。

十二年九月

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