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「800字文学館」

将軍は昨日の戦争をする

稲宮 健一

 暑い夏を飾る諏訪湖の花火大会に出かけた。丁度八月十五日で、終戦記念日である。翌々日に松代を訪ねた。旧長野電鉄の松代駅跡を中心に真田家の宝物館や、佐久間象山記念館、池田満寿夫美術館などを炎天下に回った。
 そこから、古い武家屋敷のなごりが残る町中を二十分程歩いた所に戦争の遺跡、松代象山地下壕がある。

 深い木々に覆われた小高い丘のふもとに入口があった。長野市が管理するプレハブハウスがあり、住所を聞かれた後、ヘルメットを着用の指示を受け壕に入った。壕は佐渡金山や、足尾銅山の坑道を思わせ、上高地の釜トンネルぐらいの大きさで、壁面は岩盤を発破や、掘削機械で削った粗削のまま、九ヶ月の突貫工事が終戦と共に中断したことを物語っていた。
 外は蒸し暑いが、中はひんやりする。見学ができる坑道の一部、五〇〇mを歩いた。壕全体は碁盤の目の様に規則正しく掘られ、総延長五㎞におよぶとのこと。壕は、本土決戦の際、皇室、大本営、政府機関が籠城し、最後の司令塔にされる予定であった。

 沖縄戦の修羅場の記録が鮮明に残っているが、それを連想して、既に戦力を消耗し尽くているのに、本土決戦にいちるの活路を賭けた軍人の執念に戦慄を覚えた。
 時代劇の戦国武将が戦い尽き、城を枕に主君と重臣が共に討死にする場面があるが、これはあくまで国内の戦いであって、外国との戦争ではあってはならない。大局を忘れた戦うことが目的な戦争などあるはずがない。

 現役の頃担当していた宇宙開発で、国産の周回静止衛星を成功させていたが、それより遥かに高度な技術力が必要な静止衛星の軌道投入プロジェクトに参画した。始めの頃、あの成功を成し遂げたので、静止衛星だって上手く行くに決まっているとチーム全体に甘い期待が漂い、静止衛星の技術構築を怠った。防衛庁出身の上司が、この状態を「将軍は昨日の戦争をする」と評していた。明日の展望を失い、安易な昨日を繰り返す無能さを戒めた言葉だ。

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