旅日記 ― 路、北に果てるところ ―
「諸君が北に向かって歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すっぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである」
夏の終わりに津軽半島を旅した。ポケットに太宰治の『津軽』の文庫本を忍ばせて。三厩を経て半島の最北端、竜飛岬にたどり着いた時の様子を、太宰はこのように描写している。
「鶏小舎」とは面白い。確かに、たどり着いたところは、軒を接するように小さな家が建ちならぶ漁村だ。当時は、まさにここで路は途絶えていたのであろう。しかし、車も入れない狭い路地裏に分け入ると、そこに階段が現れる。362段あるという階段を昇り切ったところが、今日では路の果てと言える。「階段国道」として知られている国道339号線の終点である。
岬の近くに宿をとり、日本海に沈む夕日を写真に収めて、翌日、町営のバスで三厩に向かう。鉄道路線としては、ここ三厩駅が北の果てということになる。一日数便しかない気動車に乗って蟹田からやってきた鉄道マニアの数人が、駅舎と車両の写真を撮っている。待合室の壁には、あの太宰の文章が、絵入りで書かれている。絵はお風呂屋のペンキ絵のようだった。
一両だけの客車には冷房はなく、窓は開け放たれたままで、天井では扇風機が回っている。走り出すと、吹き込む風が心地よく、昔の汽車の旅を懐かしく思い出させてくれる。
『津軽』を読んでいて興味深かったのは、太宰が旅したのが戦争末期であり、お酒が配給制で容易に手に入らなかったことだ。好きな酒をいかに確実に呑めるようにするか。それが旅行中の関心事の一つだった。幸運にもお酒を入手した時には、水筒に入れて持ち運ぶという涙ぐましい努力をしている。
今回はそのような心配もなく、毎晩おいしいお酒を呑みながら、平穏な日々に感謝する旅であった。