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「800字文学館」

「百寿者」百歳以上の超高齢者

大越 浩平

 母は敬老の日の前日、百寿者の仲間入りをした。百寿者は全国に5万人以上いる。98歳迄手すりを使って階段も上れ、食事も普通だったが、今年に入り、歩行力退化と認知症が進み家族は困惑した。
 弟が上京した際、私と見間違える。食器を次々に落として、割った事を忘れ、盗まれた、隠されたと文句を言う。入れ歯も無くした。昼夜を問わず、何事か呟き続け、泣き、笑い、嘆いては誰かに訴えている。テレビの大音量の中で居眠りする。食事(介護食)を持っていくが朝と晩の区別が混乱している。仏壇のローソクに火を点ける動作が危なくなり禁止した。失禁も増え、歩行も困難になり外出は車椅子になる。介護通院の日、家人が外出するので朝、病院に行く事を言い聞かせて出かけたが、ヘルパーが来ると今日は日が違うと駄々をこねて帰してしまった。

 認知症と向き合う為、主治医を訪ねた。認知症に特効薬は無く、薬は副作用もあり高齢なので使わない方が望ましい。患者は自分の発言を覆す事は無く、さっき発言した事との相違を指摘しても、がんとして言い張り、指摘をすればする程、益々凶暴になるのでそのまま受け止めて下さい、と教えられた。

 東京都から百歳お祝いの連絡がきた。母は記念品に江戸切子の花瓶を選び、広報の取材は断る。9月になり区からお祝いを持参した若い女性職員が訪れ、母が受け取る。区内で使える商品券だった。職員と30分以上会話して母は上機嫌、玄関まで見送る。国と都からお祝いが届く。総理大臣祝状と銀杯、都知事祝状と記念品(選んだ花瓶)だ。
 騒動が起こる。母親がこんな花瓶は選んでいないと怒り出し、なだめてもすかしても全く聞く耳をもたない。認知症者は祝状など見向きもしない。
 疑問を感じた。自宅介護する家族は、食事の世話、汚れ物の処理等、厳しい毎日を余儀なくされている。素直に祝福される百寿者はどのくらい居るのだろうか。
 我が家の百歳のお祝いは、赤飯を炊き、ポータブルトイレを購入した。

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