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「800字文学館」

くつが破れて

大月 和彦

 この夏、友人と秋田駒ヶ岳に行った時のことである。バスの終点から登り始めると間もなく右の靴がバタバタとしだした。見ると靴のつま先部分の底がパクっと口を開け、歩くたびに音を立てている。十数年前に買ったキャラバンシューズ。軽くて通気性も良くずっと愛用してきた靴だ。
 持ちあわせたビニールの紐で、靴の先端を固く縛って歩き出す。気にしながらなので歩きにくい。
 30分もすると紐が緩み、ずれ始める。土踏まずの部分を残して踵の部分も離れてしまう。引き返さざるを得ないかと考えているうちに、もう片方の靴の先端も突然ペロッと離れてしまう。
 張り合わせた部分の劣化が進み、耐用期限が過ぎていたのか。それにしても両方が同時に剥げるものなのか。
 進退きわまる。
「どうしました?大変ですね。」、「私もやったことがありますよ」などと声をかけて下っていく登山者たち。無視された方がいいのに。
 連れは自分だけ頂上へ登ってくるのでここで待っていろという。
 その時、下ってきた3人連れの男性が、ザックから布粘着テープ一巻きを取り出して、これを使って修理しなさいという。慣れているのか余計なことは言わない。ありがたく頂いた。
 連れがテープを靴にぐるぐると巻きつける。靴に包帯をした格好になる。紐と違いしっかりと接合されてなんとか歩けるようになり、予定のルートを歩き通すことができた。
 翌日も包帯を巻いた靴のまま帰宅した。家内の一声。「こんな格好で街中を歩いてきて恥ずかしくなかった?」。早速たのしそうに娘に電話をしていた。

 テープをくれた方は、名前を言わないまま下って行ってしまった。ジャージに「西和賀山岳会」とあったのを思い出し、後日調べると秋田駒ケ岳の山域と隣り合う岩手県西和賀町の山岳会であることが分かる。礼状を出すと山岳会の会長から当日登った会員の名前とともに自然豊かな和賀の温泉にお出で下さいという丁重な返事があった。和賀の温泉か山へ行かなければと思っている。

(12・10・11)

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