マニラ強盗事件

池田　隆

朝食を済ませパソコンを開くと親しいＹさんより英文のメールが入っている。Sad Newsの件名で一時間前と三十分前に二回受信していた。何故わざわざ英文なのだろう。読み始めて驚く。
和訳すると、「ハロー、今マニラへ家族と短期休暇で来ているが途方に暮れている。宿泊ホテルに戻る途中で四人の武装した強盗に襲われ、現金、クレジットカード、携帯電話を奪われた。大使館や警察に報告したが、おざなりの対応だ。私たちの飛行機便はあと数時間で飛立つ。帰国後すぐに返却するから二六五〇ドル貸してくれないか。返事ください、方法を知らせます。　Ｙ」との内容である。
彼は定年後も英文で立派な専門書を出版するなど、国際的に活躍している。それにしても窮地でこんな流暢な英文をよく書けるな。パスポートはＯＫだったようだ。以前に東南アジアに仕事で出掛けていたが、今度は家族と遊びを兼ねて出掛けたのかな。でも家族か親族に先ずメールするだろうに、なぜ友人達にメール？　発信元は半年ほど前まで彼が使っていた古いアドレスである。
疑わしい点が多過ぎる。半信半疑、通じないかも知れないが彼の自宅に電話してみる。すると彼の声。
私は思わず、「ああ良かった！　やっぱり」
彼、「池田さん、迷惑かけて御免ごめん。先ほど娘から電話で知らされたばかり。他からも問合せで大わらわだよ。姿の見えない敵相手で困っている。誰に偽メールが送られたかも分らず、……」

後に彼から詳細報告がある。以前に用いていたプロバイダーaol社（米国本社）が日本から撤退したので解約した。しかしaolは世界中でフリーソフトとして依然通用している。犯人やその手法を知る由もないが、会社に旧顧客のアドレスや通信記録が残っており、それが盗まれたらしい。
彼と交信回数の多い相手を選んで偽メールを送ったのだろう。メールを使った国際的なおれおれ詐欺である。
ＩＴ社会の深層部は伏魔殿である。やはり「只より高いものはない」と言うことか。