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「800字文学館」

インド好き?嫌い?

中村 晃也

 初めてインドを旅行して、インドが好きになる人は少数派だといわれる。

 デリーから三百キロ北のジャイプールという町の中心地から三キロほど離れた、豪壮なホテルに滞在したことがある。かってマハーラージャが狩りの館として使用し、その後ジャイブール王家の宮殿になったという所だ。

 旧市街の中心地に風の宮殿という、幅は広いが奥行きのない世界遺産の建物がある。車を降りると物乞いにわっと囲まれる。大部分が十歳前後の子供だ。なかに可愛い女の子が混じっているが、良く見ると左手の手首から先がない。
 顔立ちのよい女の子は貰いが多いので、同情心をそそるように小さいときに腕を切断するとのこと。物乞いを仕切っている親分がいて、施しを受けた分は一旦親分に収め、あとは均等に配分するのだそうだ。

 笛をふいてコブラを踊らせている、ターバンの老人の写真を撮って車に帰ろうとしたら、ふいに腕を捕まれた。「モニ、モニ」というので小銭をつかませた。彼は一瞥後「モル、モル」といってしつこく追ってくる。結局彼は車の運転手に追い返してもらった。

 丘の上のアンベール城には、暑いので象に乗ってゆく。男の子が旧式のカメラで私の写真を撮り、代金は日本円換算で八百円という。結局百円までまけさせて買うことにした。象の背で十五分ほど揺られて城門まで登ると、件の子供が息を切らせて、現像焼付けをした写真を持って待っていた。あとで聞くと当地での写真は一枚八円が相場だそうだ。写真は帰国する頃には黄色に変色していた。

 夜のバザールを見に行こうとホテルを出た。街灯のない薄暗い道路に出た途端、何かに躓いた。なんと道路上に大勢の人が寝ているのである。ターバンを巻いた髭面や、痩せたボロボロ服のゾンビのような人達が暗闇の中で一斉にムクムクと起き上がって近づいてくる。危険を感じて早々にホテルに逃げ帰った。

 日本から同行した女性秘書は、最初の夕食から香辛料に当たり、三日間寝込んだきり。以来この国が好きになったという話は聞いてない。

二十四年十二月

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