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「800字文学館」

食いしん坊人形町を歩く(2012/12/24)

古川 さちお

 何十年ぶりかで人形町を訪ねた。最近の下町事情にくわしい娘たちに誘われたのだ。昔ながらの「うまいものや」に加えて新しくできたユニークな食べ物屋も多い。人通りも多いが街は整然とした感じだ。大きなビルの中に校庭ごと納まった日本橋小学校はパリの小学校を思い出させる風景で懐かしい。近くに谷崎潤一郎生誕の地、複数の小説に出てくるシャモ鍋屋や洋食屋もあり面白い。

 地下鉄人形町駅で娘たちと待ち合わせ、昼食のために先ず訪ねたのはシェ・アンドレ(Chez Andre)という長女推薦のフランスメシ屋だった。オーナーのアンドレ夫人が愛想よく出迎え、言葉が分かるという情報を得たらしくフランス語でメニューの説明をしてくれる。「ランチメニュー」をみると、パリのカッフェや大衆レストランでよく見かける懐かしい食べ物が載っている。

 Croque monsieur(クロック・ムッシウ)、Terrine a la maison (テリーヌ・ア・ラ・メゾン) , Salade nicoise (ニース・サラダ)、Tranche de porc saute(トランシュ・ドゥ・ポルク・ソーテ)、Quiche laurraine(キッシュ ローレーヌ),等々、仏人客相手なら軽い前菜的なメニューだ。それには、バゲットとサラダがついているので格安だ。しかも美味である。 これなら若者でも気軽に入れるので、女子学生らも見かけられる。

 格安のデザートにも満足し、アンドレ夫人の見送りを受けた後、娘らの散歩に付き合う。すし屋をはじめ、和食の店は、それぞれが風情あり、次に来たら入ってみようと食いしん坊の心を誘う。家内は「魚久」の粕漬や名の通った豆腐やの油揚げを買い求め、娘らには美味しい鯛焼きの行列に付き合わせられる。
 足腰の弱った老生にとっては、いささかハードな散歩であったが、古い東京の香りに満ちた人形町は楽しい限りだった。帰宅した後も大した疲れを感じない。

 首都圏に住んで六十数年経つ筆者も、東京をほとんど知らないことをさとる。長生きして、古い歴史の街東京を知り尽くしたいものだ。

 特に人形町界隈は今一度、古い友人らとゆっくり食事をする街かなと思っている。

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