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「800字文学館」

成人式に逞しさを見た

志村 良知

 一月十四日、横浜は大雪になった。午後、身支度足ごしらえも厳重に外に出てみた。新横浜に向かう広い歩道である太尾緑道で、枯れ木に着いた雪を眺め、雪折れした楠の枝が香るのに感じ入ったりしていると、後ろから衣擦れと若い荒い息遣いが迫ってきた。驚いている私の脇を、傘をさし、裾をからげた振袖姿の娘が、目を据え白足袋に赤い草履で雪を蹴立てながら追い越して行った。それは美しくも凄まじい光景であった。

 横浜市では他の政令都市のように成人式を各区主催で行うのではなく、市一括で行う。参加者は毎年三万五千人くらい、会場は横浜アリーナで、午前と午後に分けられる。
 毎年この日、横浜アリーナ周辺は振袖姿で溢れかえる。女性の九割以上が振袖であるそうなので、間違いなく世界最大、一万五千人以上の振袖集団である。
 今年は、真冬には珍しく強い南岸低気圧が接近通過したため、成人の日がピンポイントで大荒れとなった。横浜アリーナがある港北区の積雪は十三センチ、半ば融けながらの重たい雪である。午前午後の入替えで新成人の人波最大となる一時頃には、雪国のような視界を遮る猛烈な雪が横殴りに降っていた。路上では動けなくなる車が続出、新横浜は交差点内もぎっしりの大渋滞となった。おそらく、その時間には横浜市全域が渋滞で、新成人を車で送るつもりだった御両親もどうにもならなかったであろう。あの娘も途中で渋滞の列の車を捨て、一人で走って来たに違いない。高田馬場に急ぐ中山安兵衛より凄い。

 会場周辺は猛吹雪。地上は、歩道も車道の動かない車の間もドロドロの分厚いシャーベット状の雪である。そこを数千人の振袖を含む人波が右往左往する。下世話であるが、振袖一着三十万円、一万五千着なら五十億円。華やかさと、掛っている金額がその光景に一層の凄みを増す。
 しかし、新成人たちの群は、そんな過酷な状況をものともせず、楽しそうな笑いや嬌声が絶えない。若さとは逞しさである。

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