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「800字文学館」

殿様より幸せ

小寺 裕子

 杵築の町でお昼にしようかと、「うれしの」という鯛茶漬けの老舗に行ったが、あいにく団体の予約で一杯だった。それは却ってよかったかもしれない。
 観光地の食事処にはがっかりすることが多い。
 清澄あたりで深川丼を食べたときも、あさりがシジミのように小さく、食感が悪く拍子抜けした。味も濃すぎて、あさり本来の味がしない。
 身延山の湯葉どんぶりも、一食損をした気がした。どんぶりが千円もして、定食にすると千五百円だ。能天気な主人は定食を頼み、お味噌汁と漬け物だけに五百円も払った。店には新渡戸稲造の直筆の書などもあったが、それがかえって悲しい。
 深川丼も湯葉丼も、元々がいわゆるb級グルメであるから、今の飽食の時代に絶賛されるものではない。五十年前なら、新鮮なあさりや湯葉が手に入らないので珍しかったのかもしれない。しかし、舌の肥えた現代人に、昔のままの食事では能がない。食事全体の栄養価も、緑黄野菜の小鉢をつけるなど工夫があったらと思う。
 こういう店の主人には都心の店で食べ歩いてほしい。
 ここの外交官の間では、世界で一番安くって美味しいのは東京だと意見が一致している。それはやはり競争が厳しいからだろう。また、主婦が手を抜かずに美味しい家庭料理を作っているので、外食産業は家庭とも競争をしなくてはならない。
 六本木の「井ざわ」では、ミシュランの☆を取った料理長が、実に丁寧な出汁で作った料理を、お昼は千六百八十円で出している。家庭では出せない味にうなってしまう。その他にも手打ちパスタに数々の前菜とデザートと飲み物で二千二百円の「スカレッタ」も信じられない値段だ。居酒屋だって捨て置けない。ぱりぱりのキャベツが刻み昆布とごま油で和えてある御通しを出す「わたみん家」は、懐具合が寂しい学生でも満腹になる。

 鯛茶漬けを食べて、「うれしいの」とおっしゃった殿様より、私は幸せだ。

2012・12・7

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