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「800字文学館」

透き通るようなソプラノの響から

稲宮 健一

 オペラなどで、透き通るようなソプラノの響きに、官能的な陶酔感を感じる。アンナ・ネトレプコの魅惑的な甘い声、また、ポピュラーでも、サラ・ブライトマンの全方向に浸透する美声も同様だ。これは、体が楽器となり、全身を共鳴させる発声で可能になるようだ。人を魅了するこのる歌唱力は教会音楽が基でないか。

 西欧のゴッシク様式の教会のドームは高い空間を持ち、教会全体を包む讃美歌の響きは、神がおわす天国への誘いを感じさせ、人間の五感に訴えかける。教会音楽を芯として、音域の広い、数々の楽器を生み、渾身の力を込めた発声で西欧音楽ができてきたように思える。さらに源を訪ねれば、砂漠の地帯から興った宗教に根差す。すなわち、そこでは雲がなく、満天の星の向うに神のおわす天国があり、そこへ近づくことか。

 一方、インドで生まれた仏教はどうだろうか。熱い雲に覆われた熱帯では天は仰ぎ見る存在ではなかった。お釈迦さまは煩悩からの解脱を説いたが、天国は説かなかった。インドから大きく西を回って、西側の影響を受けた大乗仏教は、西方浄土を説き、声明を唱える教義である。声明と念仏の打ち続く読経のリズムは人の呼吸の間と調和し、一種の陶酔感をもたらす。我々の宗教音楽は西欧の張り裂けるような響きと異なり、単調な繰り返しだが、やはり人間の共感に訴えるものがある。

 オペラは歌舞伎に相当する。歌舞伎の義太夫の語りの内に込めた抑揚は、人前でかん高い大声を張り上げない恥の文化に起因するのかもしれない。どこか声明に通じるところがある。人間の身体や、呼吸の共振周波数に合った単調なリズムの繰り返しは太鼓や、掛け声の音頭でリズム感を巻き起こす、世界共通の民族音楽の基本になる。

 いずれも、人間の体の特徴、心臓の鼓動、手足の大きさとか、自然な歩行のリズムとか、これらに合うリズムに包まれると、人は共鳴し、気分が高揚する。
 建物だって、共振周波数で揺すぶられると、踊りだすのだから。

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