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「800字文学館」

鼠一匹

池田 隆

「大山鳴動して鼠一匹」という諺がある。相模の大山(おおやま)や伯耆の大山(だいせん)と漢字表記は同じだが、大山(たいざん)と読む。
 故事ことわざ辞典によると、古代ローマの詩から出た諺で、泰山とも書くが、中国の名山とは関係ない。
「大きな山鳴りがして、噴火かと思っていたら、出て来たのは鼠が一匹だった」の意で、大騒ぎしたわりには、小さな結果だった時に用いる。

 先日、地震・津波で大爆発を起こした福島第一原発で、保管中の燃料棒を冷却するシステムが長時間にわたり運転不能に陥り、大騒ぎとなった。四ヶ所の燃料プールそれぞれに冷却水を送る電動ポンプが、いずれも作動しないのだ。
 当初より問題は配電盤と見られたが、原因がつかめず、復旧だけを急ぐ処置が取られる。三日後ようやく原因が分った。一台の配電盤に潜入した鼠一匹が電気回路を短絡させていた。その経緯を説明する東電の報道官の表情にも、一件落着と安堵感が見える。まさに、「原発鳴動して、鼠一匹」

 だが、待てよ! 鼠が容易に重要機器のなかに闖入した。テロリストならば、鼠よりも巧妙に原発へ入り込むだろう。サイバー攻撃に対しても無防備なのではと、心配が募ってくる。
 一ヶ所の短絡で、四台すべての燃料プールで冷却できなくなるシステムも問題だ。
 カオス理論によれば、ある所の小さな現象が一見関係のなさそうな、遠く離れた所で大きな現象に発展する場合もある。バタフライ効果と呼ぶ。原発のように複雑で大きなシステムに現れるが、その予知は難しい。今回の事故もその一例だ。

 其れにつけても、重要なシステムでは不測の事態に備え、予備を具えることが信頼性工学のいろはの「い」である。世界最高レベルと自負した日本の原子力技術が、こんなにも杜撰だったのか。
 冒頭の諺だが、「大山は鳴動したが、結果は鼠一匹だった」ではなく、「大山が山崩れで鳴動しているが、それは鼠一匹が小さな巣穴を掘ったのが発端だった」と解釈すべきでは?

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