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「800字文学館」

西洋の果て

平尾 富男

 日本を出るときには、まさか西洋の果てをこの目で見るとは思いも掛けなかった。今から4年前の初秋のことである。
 アイルランドの首都ダブリンから、約3時間の快適な汽車の旅でゴールウェイに着く。アイルランド語(ゲール語)、ケルト音楽、歌、踊りの伝統を味わえる街だ。「アイルランド的」な特徴が色濃い街中では、ゲール語と英語併記による道路標識や店の看板などが目に飛び込んでくる。
 ゴールウェイは、その西側の沖合に浮かぶアラン諸島へ渡るフェリーの拠点となる処でもある。偶々オイスター・フェスティバルが開催されていたお蔭で、目と耳だけでなく、舌でも大いに楽しむ一晩を過ごせた。
 翌朝、主にアイルランド本島や英国からの観光客に混じって、片道1時間のフェリーに乗り込む。目指すイニシュモアはアラン諸島の3つの島の中で最大の島、ゲール語の大きな島という意味に由来する。島の港に着くと、目の前に小さな「ピア・ハウス・ホテル」が迎えてくれる。
 現在のアイルランドでゲール語を話す人は、総人口のわずか2%程度だが、人口800人のイニシュモア島の小学校では今でもゲール語を教えている。
 東西に延びる周囲40キロの石灰岩の岩盤で出来ている島には、木がほとんど生えていない。荒涼として、いかにも最果ての島だ。強風から守るために畑や牧草地は石垣で囲われている。
 岩だらけの痩せた土地に海藻を薄く敷いて耕地とし、主にジャガイモを生育する。細やかな牧畜と漁業が、そして近年には観光業が加わって、島民の生業となっている。
 島の南側を中心に断崖絶壁が続き、絶えず荒波が押し寄せている。垂直に切り立つ岸壁の端に近よることさえ恐ろしい。石を積み上げただけの古代ケルト人の遺跡、6世紀以降のキリスト教会跡が点在する、島というより巨大な岩なのだ。
 どうしてこんな過酷な土地に人が住むようになったのか。絶壁が連なる島の西側の先には大海原があるのみ。将に西洋に果てなのだ。

(2013.03.28)

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