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「800字文学館」

秋葉街道歩き

池田 隆

 広沢虎造、お馴染みの浪曲
 秋葉路や 花たちばなも茶の香り
 流れも清き太田川 若鮎おどる頃となり
 松の翠の色も冴え 遠州森町よい茶の出どこ
 娘やりたやお茶摘みに ここは名代の火防せの神
 秋葉神社の山道に産声あげし遠州森の石松

 この口上に誘われた如く、親しい仲間と掛川から秋葉神社までの五十数キロの歩き旅に出掛けた。メンバーは案内役を務める地元在住のS氏(85歳)、登山経験豊かなM女史(80歳)とY氏(73歳)、それに私(74歳)の四人である。
 掛川城の前から歩き始める。将門の首塚、伝統名産の葛布の店などを見て、旧東海道と秋葉街道が交差する追分の秋葉神社遥拝所へ。広重がここで描いた絵を取りだし、昔に思いをはせる。
 歩をさらに進めると、すぐに長閑な田園地帯となる。田圃は水を張り始めている。水路の水勢に目を見はり、鞘堂の常夜燈に足を止めては、四時間ほど快調に歩き、森町に到着。
 古い街並みに何軒もの製茶屋が並ぶ。次郎柿の原木があり、果樹も目立つ。街外れの天宮神社は県神社の格を持つ。石松は幼児期にこの社で門前旅館の主人に拾われ、育てられた。
 その旅館に宿泊。往時はここでさかんに賭博が行われたらしく、忍者屋敷のような複雑な造りである。
 二日目は秋葉神社下社のある春野町犬居までの二十数キロの行程。太田川と三倉川に沿う旧街道は新たな県道に吸収される。歩道は幅広く、歩き易い。通る車も少なく、左右の景観に見惚れながら、会話が弾む。鯉のぼりまでも春風を飲みこみ楽しそう。
 県道と分れ、尾根伝いの旧道を上ると眺望が開け、見渡す限りの茶畑に感動一入。やがて尾根がつき、急坂を下ると気田川の犬居河畔、八重桜から菫まで、とりどりの花が吾々の到着を待ちうけていた。
 最終日の行程は海抜100mの下社から866mの秋葉山本宮までの急坂難所の表参道。二時間半、黙々とわき目も振らず、交互に足を前に出すことに努め、登りきる。神妙に参拝後、全員が思わず互いの健脚を称え、手を取り合った。

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