老ペンフレンドよりの絵手紙
五年前にピースボート企画の船旅でひとりの柔和な老紳士の知己を得た。話が戦争関連に及ぶと、終戦時には兵学校を出たばかりの海軍士官だったとのこと。旅慣れた様子で、船内や寄港先では俳句を作り、写真撮影も楽しみ、耳は遠いらしいが、ゆったりと他人との会話を味わっている。
船旅の数か月後に、彼が出港時に撮った写真が上野での写真展に入選した。私がそこに出掛けたことから、改めて交際が再開し、エッセイや紀行文、写真、俳句などを取り交わす文通が始まった。と言っても私が貰う方が圧倒的に多く、すでに数十編にも及んでいる。
その内容は日本古代史、闘病記、中学時代の思い出や生立ち記、政治論、エネルギー論など多岐に渉る。闘病記を読むと、船旅の前から患っていた癌が脊椎などに転移して鈍痛に悩まされ、今は病院通いと車椅子の生活である。闘病中によくこれだけ精力的に考え、書けるものだ。
その中でも東工大の矢部教授の提唱するマグネシウム循環社会への期待と、３・１１を受けての脱原発論には特別の熱が入っている。昨年暮れの総選挙結果に対する彼の嘆きも大きかった。
最近彼からの手紙がすこし途絶えている。そこで昨年も喜んで貰えた本クラブの「悠遊」を今年も送呈した。すると行き違いに彼からの絵手紙が届いた。最後の日付以外は宛名・署名や本文が彼の筆跡で記されている。
「拝啓 幽冥異なる世界より御別れの御挨拶を申し上げます。
生前はひとかたならぬ御世話になり、御芳情を感謝致して居ります。
貴方様の今後の御健康と御多幸を心より御祈りして居ります。 敬具
２５年４月２０日没」
頬笑みながら思い出す、彼から貰ったかなり前の手紙に書かれていたウルマンの詩を
私が船出するとき 嘆きの涙は欲しくない
永遠の国へ私を急がせる嗚咽も溜息も欲しくない
私が去り行くとき 挽歌は歌って欲しくない
美わしい良き日のために高き調べを奏でて欲しい
……
そしてこう言って欲しい「満ち潮だ。よい船出を」
