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「800字文学館」

ラジオ体操/テレビ体操

池田 隆

 わが夫婦の朝はNHKのテレビ体操で始まる。指導員のスタッフが三人おり、そのうちの一人が日替わりで登場し、「ラジオ体操第一!」などと、号令を掛ける。模範演技を示すメンバーは六人おり、全員が溌剌とした若い女性である。毎日一人が休みをとり、出演するのは、そのうちの五人である。
 思えば、ラジオ体操との付き合いは古い。終戦直後の小学生時代は、戦前戦中の軍隊式気風がまだ残っており、広い校庭に規則正しく整列し、きびきびと体操するように躾けられた。
 工場勤務の時代は、就業前、十時、三時と、日に三回も職場に流れるラジオ体操の歌に合わせて、体操を行った。現業部門では皆が規律正しく体操をしていたが、設計・事務所部門ではしぶしぶと座席から立ち上がり、形ばかりに身体を動かしている者も多かった。
 設計部の中間管理職であった頃は、部員と対面する壁際の席に座っていた。そのため体操も皆と顔を向き合せて行う。平職員時のように怠けることもできない。小学生時代を思い出し、模範演技に努めた。

 長い会社勤めのおかげで、ラジオ体操だけはすっかり身についた。その歌が鳴ると、自然に身体が動く。高齢者には適度な運動である。さらに画面を通してだが、朝から妙齢の女性と顔を合わせることもできる。
 齢をとり、映画やテレビを見ても、若い女性の氏名と顔が覚えられなくなった。とくに若い娘の名前は難しい。現在、メンバー六人の顔と名字までは覚えた。つぎは名前を覚えるのが目標だ。テレビ体操は身体だけでなく、脳トレにもなる。

テレビ体操を行いながら、一日の会話が始まることも多い。飲んで帰った翌朝のこと、
「テレビ体操なのに、まだラジオ体操第一とか、第二なんて言うのね」
「いつも出歩いて家に居なくても、奥様とか家内と言うからな」
「はいはい、午前さま」
体操をやり終えても、目がよく明かない。再び床にもぐりこみ、朝早くから飛び起き、出勤しないで済む今の幸せを噛みしめていた。

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