作品の閲覧

「800字文学館」

北極圏の町にて

志村 良知

 1998年6月、寝台車で着いたボードーから、沿岸急行船ノール・カップ号で終点キルケネスまで白夜の北極圏四泊五日の船の旅をした。
 乗船初日はノールカップ号の今航海最初の北極圏の夜、美しいフィヨルドに停泊しての真夜中のパーティーがあった。上甲板に臨時バーが開き、熱い「北極スープ」が無料で配られる。太陽は水平線に近づくが沈まない。夕焼け空の下、集まった乗客の各国語のカウントダウンと共に日付が変わる。私たちも「さん、にい、いち」と日本語で参加した。

 沿岸急行船は、観光船であると同時に、フィヨルドの町への物資の補給船でもあるので、急行という名に反して頻繁に寄港する。「北極圏の首都」トロムソと、ヨーロッパ最北端ノールカップ岬観光拠点のボーニングスバーグでは乗船客向けバスツアーが組まれる。
 ノールカップ岬を回り込むと船は終点キルケネスに着く。私たちはここから飛行機でオスロに戻るのであるが、5時間の待ちがある。船も南行き航海の準備で長い停泊時間を取る。船室は閉め出されるが、サロンは開放され荷物も預かってくれる。町に出てみたが人気は無く風が強く寒い。たまらず目の前のホテルに飛び込みロビーで熱いコーヒー。フロントの半透明の白磁のような肌の娘に「何か観光スポットは?」と聞くと、ロシア国境はどうかと勧めてくれた。タクシーを呼んでもらい行ってみる事にする。若いドライバーが上手な英語で素敵な話をしてくれた。
「冬の暗黒が明ける1月末、その日は学校も休み。家族や友達同士で南が開けた丘に登り、戻ってくる太陽を待つ、それは嬉しい瞬間で犬も息を詰めて南の地平線を睨んでいる。太陽が顔を出すとあちこちから歓声があがる」。
 ロシア国境は事務所があるだけで特に面白いものは無かった。酒と煙草の密輸取り締まりが主な仕事なのだそうだ。船に寄って荷物をピックアップし、空港に行く。空港近辺の白樺林は6月だというのにまだ固い芽のままだった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧