作品の閲覧

「800字文学館」

パリの特別料理

中村 晃也

 六月のパリ。予約したレストランはマロニエの木陰。お隣の魚屋の姉妹店だ。
 ワインはシャブリのグランクリュ。プルミエクリュよりもアルコール分が0.5%高いだけでコクと香に差が出るのだ。
 冷えたワインを待つ間にビールで咽喉を潤す。食前に水を飲むのはアメリカ人と蛙だけだとか、日本人はビールだ。
 オニオンスープを頼むと同時に、パンとオリーブ油の小皿がテーブルに置かれる。そこでおもむろにお目当ての特別料理(スペシアリテ)を注文する。

 スープとパンがなくなる頃、三本足二階立ての銀色のセットが運ばれてくる。下段は直径四十センチ、上段は二十五センチほどの銀の皿には細かく砕いた氷が敷きつめられている。上段の中央部には北海産の三年物の生牡蠣が半ダース。
 周囲に芝海老、蛤などが隙間なく並び、皿の周縁にグルリと小海老が、ブラ下がるように飾られている。
 下段は地中海の蟹がメインで、周囲に帆立、ムール貝、くるま海老が綺麗に配されている。緑色がかったミニヨネットソースやカクテルソース、レモンなどお好みのソースをつけていただく。
「ボナペテイ!」
 手初めは大型の生牡蠣だ。一気に啜ると海の匂いが口一杯に広がり、濃厚なエキスが胃にドスンと溜まる感触を味わう。ついで大きな蛤の殻を掴んで、よく締まった身を一口にツルリ。くるま海老は薄い殻を剥がして頭と尻尾を残して……。ゆったりとワインを味わい、蟹の厚い白身を専用スプーンでほじくって食べる。至福の時間。風が心地よい。

 突然、アメリカ人のグループがドヤドヤと店に入ってきた。「これは旨そうだ。なんという料理かな?」と聞かれ、「*プラトー・ド・フルイ・ド・メール」と正式名称を教えてやった。
「メニューのどこに載っているの?」「いや。メニューには載っていない。特別注文だ」と答えると「ヒエー」と気を失って倒れる真似をした。

 彼らはテーブルにつくと、すぐに有料の水を注文した。気付けのための水だったかどうかは定かではない。

平成二十五年 八月

*Plateau de Fruit de Mer

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧