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「800字文学館」

「恐れと祈り」

内藤 真理子

 大神社展を観に行った。
〝あるわ・あるわ〟広い会場に、大きいのから小さいのまで。祈りの対象の、仏像、絵画。捧げもの、貢物。果ては呪いの道具まで。
 太古の昔から、人は、願ったり、恐れたりと、何かにつけて、ひたすら祈る。 人知を超え、得体のしれない事が、たくさんある。だから祈る。

 私も、そんな経験をしたことがある。
 体調を崩し、近所の病院に入院していた義母を、終身型の老人病院に転院させる日の朝。夫は出勤前のひと時、ベランダから外を見ていた。私達は二世代住宅で、二階が私達の住居だった。
「おーい」夫が、台所仕事をしている私を呼んだ。
 行ってみると、秋だと言うのに、庭に植わっている紅梅の木全体に、透明感のある、細長い藤色のものが、蠢いている。
「あれは…毛虫…だよね」夫が言った。
「蠢いているもの…毛虫…よね」私は半信半疑だったが、隣にいる夫は、背広姿なのだ。手伝ってもらうわけにはいかない。
「ちょっと待ってて、まだ行かないで、貴方がいる内に片付けるから!」
 階下に走り降り、物置から梯子と植木ばさみを出して、「一人にしないでよ!」と、言いながら、大きなビニール袋をかざして、毛虫の付いている枝を次々に入れていった。毛虫は飛び散ることもなく、枝ごとビニール袋に納まった。その日はごみの日で、片付くまでに、五分とはかからなかった。
 夫は「おまえは、凄いね~」と、感嘆の声を残して会社に行ってしまった。
 あれは、何だったのだろう。あんな綺麗な色の毛虫なんて、いるわけないじゃない。少し落ち着くと、恐怖心がふつふつと湧いてきた。
 あれを見せたのは、家に帰れなくなってしまった義母の怒り?看ようと思えば看られるのに、病院に任せてしまう、私達の罪悪感?はたまた、悪いことの前兆?…恐怖心にとり付かれて、おびえながら、義母の病院に行く前に、近所の稲荷神社に行き〝悪いことが起きませんように〟と、切に祈った。

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