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「800字文学館」

用心棒

濱田 優(ゆたか)

 たしか中二の夏休みのことだ。友だちの家に遊びに行くと、
「今お使いに行っているから上がって待っていて。ちょうどスイカが冷えているから……」と、おばさんが手招きする。
 スイカは高価でわが家ではめったに口にできない。で、よろこんで奥の座敷に上がり、大切りのそれにかぶりついた。今どきのものより白身の部分が厚くて種も多かったけれど、独特の香りと味わいがあったような気がする。
 スイカをあらかた食べ終えたところで、玄関を開ける鈴音がした。
「あっ、帰ってきた」
 おばさんは友だちを迎えに行ったものの、なかなか戻ってこない。
 どうしたのだろう、と不審に思って玄関に向かった。廊下の曲り角で異様な気配を感じたので、立ち止まってそっと覗く。と、いがぐり頭の人相の悪い男が玄関先に座り込んで風呂敷を広げていた。
 押し売りだ。話に聞いていても、実際に遭遇したのははじめて、足が震える。しかし男の子、ここで逃げるわけにはいかない。意を決して顔を出した。
「あれ、息子さんがいたの」勘違いした男が、ばつが悪そうにつぶやく。
「ええ、夏休みですから……」とおばさんは平然としていい、「ともかく、間に合っていますから何もいりません」と、険しい顔で突っぱねた。
 こうなっては、この家の息子の役を演じなければならない。しかし、そんな器用なことはとても無理だ。なす術もなく、ただ黙って立っていた。すると、男は「ちぇっ」と言うや、広げていたゴムひもや歯ブラシなどの小間物を風呂敷に包んで持ち帰った。
 おばさんが大喜びしたことはいうまでもない。間もなく戻ってきた友だちに、おばさんはその場の模様を話す。大人に負けない体格のいいぼくが、押し売りを上から見下ろして睨みつける姿はとても迫力があり、頼もしかったと。
 お礼の土産物をもらって家に帰り、得意になって自慢した。
「黙っていたのがよかったのだよ。お前が何か言ったら、頼りないのが分ってしまって……」
 母はすべてを察していた。

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