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「800字文学館」

「獺祭」

野瀬 隆平

 獺祭と聞くと、先ずはお酒を思い浮かべる。あの山口の銘酒だ。蔵元が岩国市の獺越(おそごえ)地区にあり、酒の名前はこの地名にから来たものだ。
 川上の村に古い獺がいて、子供を化かしてこの村まで追い込んで来た。これが地名の謂れらしい。
 この酒は、使う山田錦の精米歩合によって、50%精米の50から始まり、39%の三割九分、更に磨いた二割三分とある。呑み比べて一番気いっているのは、三割九分である。「どんな味か」って。筆力が乏しく、残念ながらうまく文字にできない。先ずは、お試しあれと言うところだ。
 クラブの飲み会で幹事役を務めたとき、酒好きの仲間で話題になっている「獺祭」を是非呑んでもらおうと考えた。近くのデパートで予め購入し、当日呑みごろに冷えた獺祭を出して、大いに喜ばれたことがある。

 もう一つ、獺祭で頭に浮かぶのは正岡子規だ。その号が「獺祭書店主人」である。中国の古い言葉、「獺祭魚」からとったもの。獺が捕えた魚を川岸に並べるのを、人が祭りのときに物を供えることに見立て、更に転じて「詩文を作るときに、座の左右に多くの書物を参考に並べ広げる」ことを意味する。子規の命日は9月19日。「獺祭忌」として、秋の季語になっている。

 さて、話は飛ぶが、誰もが良く知っている渋沢栄一。その孫に渋沢敬三という人物がいる。大蔵大臣や日本銀行の総裁などの要職を務めた人物だ。しかし、彼は単に経済の分野で活躍したというだけではなく、民俗学や水産史など、幅広い分野に於いて造詣が深かった。彼の雅号が、やはり「獺祭魚」に由来する「祭魚洞」である。多くの蔵書を持つ勉強家であったことが、この号からも想像がつく。今年は敬三の没後50年にあたり、「祭魚洞祭」が渋沢資料館で開催される予定だ。

 肝心の「カワウソ」である。まだ見たことが無い。生息するのは、今やわずかに四国の清流だけで、絶滅の危機にあるという。いなくなる前に、せめて動物園ででも、お目にかかりたい。

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