あらためて『永遠の0』を読んで
百田尚樹氏の『永遠の0』が映画化された。それを期に『永遠の0』を読み返してみた。
帝國海軍の零式艦上戦闘機の戦いを、真珠湾から沖縄戦での特攻まで、それに乗った一人の名パイロットの足跡をその孫が生存者に取材する、という形式で描かれた長編戦記物語である。
主人公の祖父、宮部少尉は最後に8月の沖縄の海で特攻戦死する。『永遠の0』のもう一つの主題は特攻である。昭和19年10月フィリピン沖での体当たり攻撃隊は、神風特別攻撃隊と名付けられ、その華々しい「成功」は国民に大々的に報じられた。
指揮官自ら統卒の外道とまで呼んだ特攻が、何故10ケ月に亘って陸海軍合わせて3000機以上、4300名余りの命をかけて続けられたのか。マリアナ沖海戦以降の彼我の戦力差から、他に有効そうな攻撃方法が無かったというのが実際のところであろう。特攻機の命中率は、当然ながら無誘導の砲弾や爆弾よりはるかに高かった。
『永遠の0』の戦闘場面は、戦史と既存の戦記の目覚ましい場面を適宜翻案して繋ぎ合せたという評は免れまい。その中でも、エピローグでの空母タイコンデロガへの特攻機の突入場面には大きな違和感がある。タイコンデロガは実際に零戦2機の急降下突入を受けている。しかしそれは20年1月21日、台湾沖でのことで、米本土での修理を終えて戦線復帰した5月以降は損害を受けていない。8月には東日本の沖にいて、帝國陸海軍の抵抗もほとんど潰え去った中、艦載機を飛ばして工場や港を攻撃していた。
また、突入後のタイコンデロガ艦上の場面は戦艦ミズーリの史実によっている。4月11日に沖縄沖で、レーダー監視外の超低空から接近した零戦52型に突入された戦艦ミズーリの艦長は、甲板に投げ出された特攻隊員の遺体を礼式通り礼砲5発で水葬に附した。
百田氏は巻末に注を入れる等で、物語中での宮部少尉の戦果を実際に戦って挙げた兵士たちへの畏敬の念を表してしかるべきであったではなかろうか。
(8 Aug 2013)