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「800字文学館」

食卓の乱れと日本文化

森田 晃司

 女性の高学歴化、社会進出、家族構成の変化などが要因となって30代、40代の主婦による手料理が少なくなっていることは、よく承知しているつもりだ。しかし、主婦が昭和35年以降生まれの家庭を対象とした食卓調査をまとめた岩村暢子氏の「変わる家族 変わる食卓」によれば、現代家族の食卓や手料理の実態は、私たちの想像をはるかに超えるほどに激変している。
 例えば、主婦たちは、「忙しい」「時間がない」「疲れている」ので毎日の食事を極めて簡単に済ませている。手作り派を自称する主婦の料理でさえもレンジでチンをするのを中心として、フライパンで炒めるだけ、ただ切るだけ、混ぜるだけ,かけるだけ、和えるだけのワンクック調理が日常化している。
 その結果、「無性に食べたくなるいつもの味」、「家族みんなの大好きなあの味」の調査では、マクドナルドのハンバーガー、吉野家の牛丼、日清のチキンラーメンなどが上位に並び、お母さん手作りの味ではなくなっている。
 岩村たちは、更に、現代主婦はどんな育てられ方をしたのかを調査して、それを「〈現代家族〉の誕生」に纏めている。
 現代主婦のその母親世代は、敗戦とともにある日突然に価値観が変わるということを、身をもって経験した世代だ。自信を失った親からは教えられず、また、自らの子供に対しても躾を押し付けない接し方をしてきた世代だった。この母親世代を境にして家庭の味が伝わらなくなり、やがて、「無国籍料理」とも揶揄される身元不明の料理が並ぶ食卓が出現してきた。
 米軍占領時代には厳しい言論統制がしかれ、古いもの、戦前の記憶につながるものはことごとく遠ざけられてきた。豊かで便利な社会の実現とも相まって、おふくろの味は追憶の彼方に消えた。これは実は食卓に限らず、日本人の価値観、行動様式全般に及び始めていると言える。
 食の乱れは心の乱れを招き、逆に心の乱れが食の乱れとなって表面化してくる。信じがたいほどの食卓の乱れは日本のかけがえのない文化の崩壊をも予感させるものだ。

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