作品の閲覧

「800字文学館」

地図への誘い―ジョンストン島―

阿部 典文

 私が小学校三年 (一九四二年)の時描いた地図が手元に残されていた。
 地図の左側には「フツイン」即ち現在のヴェトナムや、右下にソロモン群島、そして右上にはゴマ粒のようにハワイ諸島が記入され、当時の日本海軍が作戦を展開していた太平洋が描かれていた。

 注意深く地図を眺めると、ハワイ諸島西南に、私にとっては全く未知であった「ジョンストン」の名前で島が記載されていた。
 ハワイ諸島に近接しているので、かつてハワイ四島のクルーズ航海に参加した時の記憶をこの島に重ね合わせて見た。 ハワイ同様海底火山起源の島なのか、それとも南太平洋の多くの島同様サンゴ礁に取り囲まれているのだろうか等の自然地理的な疑問や、小学校三年生の私が何故この島を記入したかの謎は長い間闇に包まれていた。

 地図を描くにはその目的と、それなりの情報が必要である。
 そこで当時私の目に触れていた「小国民新聞」を開いてみると、学校では太平洋を中心とした大きな地図が貼られ、地図上に新たに占領した都市や地方に日の丸を書き加え、海戦の場所に撃沈した艦船を記入することが流行っているとの記事が目にとまった。
 従って私の地図も、その時流に乗って描かれた「日本海軍戦闘海域図」と呼ぶことが出来るが、「ジョンストン」の名前は海軍の作戦史を紐解いても登場せず、謎が深まるばかりであった。

 ところが昨年の十二月、太平洋戦争秘話を特集したNHKのテレビ番組により偶然疑問が氷解した。
 当時日本海軍の暗号電報は米軍により殆ど解読され、真珠湾に次ぐ攻撃の目標が、ミッドウエー若しくは潜水艦基地であったこの島に向けられていることを米国は察知していた。その結果十分な邀撃体制を整えた米海軍・機動部隊の先制攻撃により、日本海軍の艦隊は壊滅的な打撃を受けたこと、即ち近代戦争の一側面である情報戦争に米国が勝利した経緯が詳しく紹介された。

 然しながら、米国本土防衛上の重要施設で、機密に属する島を、小学生であった私がどのような経緯で知り、地図に記入したかは今なお深い霧に包まれている。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧