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「800字文学館」

ヒッグス粒子発見の裏方

稲宮 健一

 先頃「国際リニアコライダー(ILC)」を誘致する候補地が岩手県の北上山地に決まったと報道された。現在、スイス・ジュネーブにある欧州合同原子核研究機構(CERN)が持つ大型ハドロン加速器で、最先端の物理学者が期待しているヒッグス粒子が発見と伝えられた。山手線一周する程の円形のチューブ(大口径地下トンネル)の中を時計回りと、その逆の両方向から加速した陽子を衝突させて、陽子の中のさらに小さい粒子をはじき出し、未知の粒子を検出するとのこと。

 次の段階でILCは直線のチューブを使って、精度よく衝突できる電子と陽電子の衝突から未知の原子核の内部を探るとのこと。資金がかかりますが、北上山地案が実現すれば、世界の頭脳が日本に集まるのは頼もしいことです。癌を一発で撲滅する重粒子治療もこの派生技術です。

 技術系の端くれとして、ガモフを読んだり、現役時代は電子にお世話になったので、最近の素粒子の話を聞きに行った。深淵な素粒子論は分らないが、暗黒物質、暗黒エネルギーなど未知の分野が山ほどあるとのこと。

 講演で一つ感心した件があった。加速器で陽子を加速するためコイルに大電流を流し、強力な磁力線を発生させる必要がある。効率よく磁力線を得るため、電気抵抗がゼロの超電導電線を使うことが必須で、この電線の製造に古河電工が挑戦した。

 超電導電線は徹底した不純物排除の製造環境の下、素材から引き伸ばして作った0.8㎜径の素線三六本を撚り合わす繊細な作業で撚り組線を使って、品質の均一なケーブが造られる。匠の技を人の名人芸でなく、それ以上の技を精密機械で実現する。最初の受注量は全体の1/4であったのが、製造過程で他社が脱落して、最終的には1/2を納入し、CERNからゴールデン・ハドロン賞を受賞した。この実績なしに今日の成果はあり得ない。大量生産の出来高や、流通する通貨の量に一喜一憂する現状に対して、頼もしい産業の底力を聞かせて頂いた。

(二〇一三・九・二五)

ハドロン:原子核の中の陽子や、中性子の総称

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