作品の閲覧

「800字文学館」

身勝手な隣国人

中村 晃也

 今年の夏、中国四川省の観光ツアーに参加した。数年前の大地震のため道路事情が悪く、遠回りをしたので、乗っていたバスはガス欠の恐れがあった。

 従業員が四、五名働いているガススタンドにバスは停車したが、そこで一悶着が起きた。スタンドの店主とバスの運転手が怒鳴りあっている。
「軽油の注入係が昼飯の最中なので、食べ終わるまで待て」
「いや待てない」の押し問答だ。
 結局店主の面前で、バスの運転手が自分で注油することになった。店の前の「熱烈歓迎」の大看板が事態を傲然と見下ろしていた。

 遅れて着いた川沿いのホテルでの昼食。料理が運ばれ、他の人達は食べ始めたのに冷えたビールが出てこない。たまりかねて催促したところ、「今、川の水で冷やしてますのであと五分待ってください」と言われた。
 やっと冷えたビール瓶がドンとテーブルの上に置かれたが、栓抜きがない。「栓抜き!」と言ったら、ぶっきらぼうにガチャンと置いていった。ところがコップが無い。
「ビールと一緒に、栓抜きとコップを同時に持ってくるものだ」と文句をいったら、「別々に頼むから別々に持ってきたのよ」と逆襲された。
 壁には「顧客第一、迅速行動」という標語が麗々しく貼ってあった。

 その夜、川劇の「変瞼」というショウを見た。役者が、被っているマスクを瞬間的に変える演技が売り物だ。
 我々ツアー客は中央の席に座って開演を待った。突然、数人の中国人が我々の目の前の通路に三脚を据え、舞台撮影の準備をはじめた。当然抗議した。
「ここは一番上等の席だ。舞台が見えなくなるかどいてくれ」
「いやこの場所が撮影に一番いいんだ」
「客のことをどう思っているんだ。劇場の責任者を出せ」
「いや呼ぶ必要は無い」
 ツアーガイドも参戦して論争数分、撮影隊は引き下がった。ガイドによると、話をした相手その人が劇場の支配人だった由。

 開演直前に「上演中の録音や撮影はご遠慮下さい」とあの支配人の声で場内放送があった。
 身勝手な国民だ、全く。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧