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「800字文学館」

井上ひさしの「ブンとフン」

内藤 真理子

 朝のテレビを見ていたら、井上ひさしの劇が紹介された。
 題名は「それからのブンとフン」主演は、市村正親。ブン役に、小池栄子。
 井上ひさしの処女作「ブンとフン」を音楽劇にしたものである。
 観たい! さっそくチケットを手に入れた。
 ストーリーは、売れない作家フンが書いた小説「ブン」の主人公、四次元の大泥棒ブンが、本から抜け出して、派手に動き回る、というもの。

 ブンは四次元の大泥棒なので、何にでも変身できるし、どんなものでも盗み出すことが出来る。
 自由の女神から松明を盗み、代わりにソフトクリームを持たせ、奈良の大仏を鎌倉の大仏の向いにドカンと据え、ベルリン動物園のシマウマの縞を盗み、上野動物園のシマウマにつけてチェックの模様にしたり、と荒唐無稽のいたずらをやりたい放題。世界中はてんやわんやの大騒ぎ。
 それに飽きると、眼には見えない権力・常識・虚栄や、過去の歴史をも盗んでしまう。
 当のフン先生、読者に媚びず、たとえ売れなくても、書きたい作品を世に送り出すぞ、と孤高の精神を持っていたのに、売れた途端に虚栄が芽生え、ブンに怒りの仕打ちを受ける。
 警察庁長官は、常識ソングを五三番まで作って、全国の警察官に歌わせた。
 雨の降る日は天気が悪い。火の無い所に火事はない。悪事する奴皆悪人。論理学んで犯人逮捕。それが世のため人の為。等々。だがブンに、常識は当てはまらない。ならばと、悪魔と取引しての大捕り物。
 本は世界中で十二万部も売れたので、ブンも同じ数だけこの世に出現。
 オリジナルのブンは、全世界のブンと共に、熱く社会を批判するシュプレヒコール。
 書かれた当時は、七十年安保闘争の頃で若者の訴えは報われず、手痛い敗北。
 本の世界も、風刺をたっぷり利かせて、フンは留置場に入りました。

 フィナーレで小池栄子が、客席に向かって、笑顔で手を振りながら退場する時に、三階の一番前の席にいた私と、眼があった。私は彼女のオーラにときめいて、夢中で手を振った。

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