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「800字文学館」

映画「風立ちぬ」

大月 和彦

 最近話題になった宮崎峻監督のアニメ映画「風立ちぬ」を観た。子ども向けのファンタジー映画から初めて試みた大人向けの作品だという。
 堀辰雄の同名の小説に描かれた信州追分を舞台に、若い技術者が新型戦闘機の設計に苦闘する姿と、そこで出会った少女とのロマンスが描かれている。

 最初に関東大震災のシーン。もくもくと上がる黒煙、その下から燃え上がる炎、逃げまどう人たち、焼け跡に放置された死体、避難する群衆の一人ひとりの表情など。効果的な音響と相まって震災のすさまじさがリアルに伝わってくる。
 この場面の絵コンテが書き終わったのが東日本大震災の前日だったという。

 軽井沢に向かう列車の内部、碓井峠の高架鉄橋やトンネル、浅間山麓の風景、雪が舞うサナトリウムのべランダで寝袋にくるまって療養するシーンなど。昭和初期の暮らしぶりや風物も丁寧に描かれている。

 主人公は堀越二郎。軍部の指示による新型戦闘機の開発に、自分の理想とする美しいヒコ―キの思いをも託したい。航続距離、スピードの設定、材料の強度などでの軍部とのやり取り、工場現場との調整などでの上司との激しい議論を経て夢の作品が完成する。紙ヒコ―キのような美しい機体が空に舞う画面が印象的だった。

 戦争に加担する戦闘機作りに情熱を注ぐ一面と、美しいヒコ―キを夢見る技術者とのギャップをどう表現するかに腐心したと、公開後監督は語っている。

 しかしこの映画はなぜ「風立ちぬ」なのか。
 小説は、死を意識しながら努めて気高く生きようとする作者の「私」と結核に冒された新婚の妻との愛を純化した美しい物語だ。  一方、映画は多くの困難を克服しながらあこがれのヒコ―キ作りに没頭する青年技術者の生き方が中心で、小説と同じように不治の病に冒された少女が登場するがわき役に過ぎない。主人公の生きる姿とヒロインとの生活、の二つが融け合っていない。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」―この世は堪え得る限りの力を尽くして生きる価値がある とする監督の意図は伝わってこなかった。

(13・10・24)

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