作品の閲覧

「800字文学館」

ブループラネット賞受賞記念講演

稲宮 健一

 地球環境の保全の功績を顕彰するため、旭硝子財団が毎年この賞を授与している。二二回目の今年は気象学の松野太郎博士と米国のエネルギーと環境学のD.スパーリング博士であり、両氏の記念講演を拝聴した。

 気象現象は極言すると、丸い地球を覆う大気が、地球上の沢山の要素に影響されて、太陽に照らされて運動する大気の現象である。雲を掴むようという喩があるが、実際の大気を掴むため可能な限り各所に配置された観測点の気象データを基に定量的に大気の動的な状態を把握するのが気象学である。実用面では観測データを面上に分布させ、過去の事例に照合して現状把握と短時間後の状態を予測して天気予報を表した。大気の運動は巨視的には流体力学に従い、微視的には大気を構成する温暖化ガスも含む分子の運動方程式によって定まる。

 コンピュータの出現により、数値解析を使った気象モデルの開発が可能になった。真鍋淑郎博士(第一回の当賞の受賞)は数値気象モデルの基礎を築かれた先覚者の一人で、松野博士はそれを引き継ぎ、今日の気象学の構築をリードした。

 コンピュータの演算は単純計算の繰り返しなので、物理的な性質の変化が小さい範囲の大気の立方体(一単位を刻みとする)を定め、その刻みを次の刻みへと、法則に従って、次々と状態を伝播させ、広い地域の気象を算出する。刻みが小さいほど計算の確度は増すが、その代わり演算量が膨大になるので、処理能力の優れたスパコンが必要になる。

 地球シミュレータが今その役割を担っている。最初の刻みは百㎞単位であったのが、今は二〇㎞で全球を刻み、日本近辺では五㎞を達成した。この数値解析の確度の確認のため、観測データと比較して、気象モデルの値を修正するよう更新し、成長させ続ける必要がある。人工衛星からの観測データがモデルの精度向上に大きく寄与している。現在不足している観測データは大きな熱容量と、CO2の吸収源である海洋、特に深海に至るデータで、観測が期待されている。

(二〇一三・十一・十三)

注・地球シミュレータは海洋研究開発機構の所有のコンピュータで、理科学研究所のスパコン「京」はこの約三百倍の速度を持つ。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧