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「800字文学館」

雪国の冬支度

首藤 静夫

 新潟県・上越地方の工場に勤務したことがある。赴任した6月初め、見わたすかぎりの水田は、早苗の浅みどりと空の青が溶け込んで実に爽やかであった。

 夏が過ぎ秋に入ると、地域では早くも雪の話題が上り始める。やれ、
(カマキリが垣根に産みつけた卵の位置が高い。今年の雪は多そうだ)やれ、
(豪雪18年周期の今年は何年目だからそろそろ……)
 暑いうちからの雪の話。季節による濃淡はあれ、1年中雪が身近にある感じだ。
 南国育ちの私にとって初めて見聞きすることばかり。今も記憶が新鮮である。

 10月後半から11月にはいると冬はぐんと近づく。ショップでは雪用のグッズが並べられ、各家庭でも徐々に冬支度が始まる。暖房具や除雪具の点検、タイヤ交換、大根干し、雪囲い等々いくらでもある。
 工場でも、生産物流の雪対策、建物の保守、除雪準備、業者との調整などが順番に進められる。
 行政・電力・鉄道はさらに大がかりだ。公道などの降雪・凍結対策、なだれ対策、電線のたるみ対策など挙げればきりがない。雪で隠れる側溝に落ちぬよう、目印棒が一定間隔に並んだのは、もの珍しかった。
 そのうちに暗い雲が覆う気候となり、まもなく冷たい時雨に。時雨は突如来るし、いったん止んでもまた降り出すし……。毎日がこの繰り返しだ。
 次は雷だ。私は「夏の雷」しか知らなかった。「ブリおこし」「雪おこし」などと言われる雪国特有の「冬の雷」である。
 これに霰(あられ)や霙(みぞれ)が追い打ちをかける。大粒の霰が屋根や窓・路面を音たてて叩く、一方で霙が衣服を濡らす。それやこれやで11月の数週間の賑やかなこと。

 そして12月に入る前後の夕刻か夜分、気温のぐんと下がったころ、音もなく白いものが降りてくる。それまでの喧騒がうそのように、静かに、おごそかに……。
 雪を見なれた地元の人も初雪だけは格別の思いでながめるようだ。
 これから3月まで続く、雪との長い付き合いの序章である。

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