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「800字文学館」

「出光さんは、すごい人や」

野瀬 隆平

「出光っあんて、ほんまにすごい人や」
 何十年も前になるが、父からよく聞いた言葉である。

 出光佐三を描いた百田尚樹の『海賊と呼ばれた男』を、読みたいと思ったのは、この言葉を思い出したからと、もう一つ、かつて勤めていた会社が出光向けにタンカーを建造したことがあるからである。
 当時、父は小さな会社を経営していたが、必ずしも順風満帆とは言えず、苦労が多かったようだ。そんな折に、学校の先輩でもある出光さんのところに、助言を求めて訪ねた時の印象を語っていたのである。
 後年、私が勤務することになった会社の造船所で、その出光向けに、かつて18,774トンのタンカー、「日章丸」を建造した実績があり、さらに、昭和41年に当時としては世界最大のマンモスタンカー、「出光丸」を建造したのである。21万トンの巨大なこの船は、長さが342mもあり、垂直に立てると東京タワーよりも高くなると評判になった。それだけ大きいのに、徹底したオートメ化により、わずか32名の乗組員で運行できる最新鋭の船であった。
 竣工記念パーティーは、横浜造船所の岸壁に係留されている船上で、5日間わたって行われた。その間、皇太子殿下を始め当時の佐藤首相など、延べ3万人の客が招待されたのである。船の営業に係わる従業員は全員その応対に駆り出され、その一人として船の上を動き回った。

 そんな思い出のある出光に関する本である。近所の図書館に申し込んだが、何とすでに数十人待ちだという。いつになったら読めるか分からない。その話をしたら、友人のOさんが親切にも貸してくれた。上下二巻に分かれた分厚い本だ。読み切るのも大変かと思ったが、読みだしたら話に引き込まれ、一気に読みおえてしまった。
 改めてこの人物のすごさに感動すると共に、父が、口癖のように言っていた「ほんまにすごい人や」が判った気がした。
 ただ、父が、どんなところを、「すごい人や」と思ったのか聞きもらしていたのが残念である。

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