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「800字文学館」

妙高高原のそば屋

首藤 静夫

 信越本線で長野県から新潟県に入ってすぐ、妙高高原駅がある。行楽やスキーのシーズンには利用客が増えるが往時の賑わいはない。
 この駅前に1軒のそば屋がある。古びた暖簾には「加藤」とあるだけでいたってシンプルな構えだ。
 店内は昔の食堂そのままに、打ち放しのコンクリートに簡単なテーブルがいくつかある。小上がりもあるが、奥の方はそば粉など原料置場と化している。冬季になると大きいストーブが登場し、長靴・ジャンパー姿の地元の人やスキー客がその周りを囲み、そばの茹で上がるのを待っていたりする。
 亭主は口数少なく愛想がいいとはいえないがどこか憎めない。おかみさんと亭主の母親が客の応対を主に受けもっている。
 私は当地に近い上越市在勤中にはよく利用した。今も赤倉温泉など信越国境を訪れると立ち寄ることが多い。

 肝心のそばであるが、信州の隣にいながら典型的な田舎そばだ。量が多く、これがどんぶり鉢で出てくる。麺の幅は不揃いで香りもコシも強い。つゆは、いりこ風味で辛めだがそばに合っていると思う。盛りそばの上に唐辛子粉をじかに、山ほどかけている人をたまに見かけるが当地風なのだろうか。値段は今も、盛りそば:490円、大盛り:530円、この安さである。

 ここでは何もかも田舎気分にさせられる。
 都会からの客をゴルフ帰りに誘って来ると案外うける。列車の時間待ちに地酒をコップでやり、蕎麦でしめて帰るのだ。ゴルフあとの心地よい疲れに地酒のうまさが加わり、ふうわり良い気分になる。ただ、つまみが淋しい。
 ある時、冗談まじりに、
「隣のみやげ物屋にお新香とかつまみがいろいろあるよね」といったら、本当に買ってきて、食べやすく鉢や皿によそって出してくれた。みやげ物屋の値段のままでいい、と笑う。
 こうした店の雰囲気に、おしゃべりや地酒がすすむうち、そばを食べそこなって予定の列車に飛び乗った、という先輩の話を聞いた。
 ここには昭和がそのままに残っている。

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