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「800字文学館」

ダズントマター(問題ない)

中村 晃也

 取引先のT社長のお供でロンドンに出張することになった。T社長からは「外国は初めてなので英語の特訓を受けました」と挨拶があった。

 トラファルガー広場に面した会社の事務所で、英人秘書にトイレを案内された彼は不思議そうな顔をして戻ってきた。案内されてサンキューといったらその子は胸に手を当てて「マイブラジャー」と云ったというのである。

「T社長それは違いますよ。マイプレジャーと言ったんですよ、どういたしましてという積りで」「なんだ、サンキューと言われたら、イットダズントマターと言うのだと教えられたので…。いろんな言い方があるんですな」
彼はその言葉を連発したので秘書からミスター・ダズントマターというあだ名を頂戴した。

 休日に、ここは本場だからと、ピカデリーサーカスのストリップ劇場を探訪した。
 扇情的な音楽に合わせて背の高い女が踊っている。胸を覆う布をはずしたが、下の部分はそのままだ。と、観客の一人が大声で「テイクイットフ」と怒鳴ると、周りの観客が手拍子と共に一斉に叫び出した。
「中村さん、みんななんて言っているんです?」「脱げって、下の布を取れって言ってるんです。テイクオフですよ」「なるほど」意味がわかると社長も大声で叫び出した。

が、ついにスチュワーデスの機内アナウンスがあった。
「アテンションプリーズ、ナウウイハバパーミッション。ウイアテイキングオフインツーミニッツ。プリーズフェイスンユアシートベルト~インライトポジション」
このアナウンスを聞いて、T社長は半分嬉しそうな顔で「脱ぐんですか?」と聞いてきた。「なにが?」と私。
「いや、いま聞いた限りでは、『許可が下りて私達は二分間で脱ぐのでシートベルトを右にずらせ』と言ってるんでしょう?」「……」

 帰国後、関係者から「Tさんはいかがでした?」と聞かれるたびに、私はただ一言「ダズントマター」と答えることにしていた。

二十五年 十二月

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