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「800字文学館」

喜寿祝いを兼ねた忘年会

稲宮 健一

 昭和三七年入社の同期で、鎌倉周辺に住んでいる二十名程が忘年会で箱根に遊んだ。会は「ぼちぼち会」と言って、退職後をゆっくり歩み、お互いに元気な姿を見ながら、晩年を相身互いで安堵している仲間の集まりだ。
 現役を離れ十五年が経つ。この間、秘湯の旅と称して、年二回、東北、関東、信越、九州と鄙びた秘湯を訪ね、土地の地酒、持ち込みの銘酒や焼酎を味わい、現役の頃の懐かしい話に花を咲かせた。しかし、秘湯はやはり過疎地、一旦緊急事態が発生すると、救援の手段がない。この春の九州の黒川温泉と妙見温泉を堪能する豪華な二泊を最後に打ち止めとした。そして、一昨年まで、日が落ちてから杯を酌み交わした忘年会も、明るいうちに変え、今回は二度目の昼の忘年会である。

 箱根湯本の「おかだ」は大広間を持つ、高度成長の頃は団体客で賑わったであろう大きな旅館である。昼前に着いた一行はまず、温泉にどっぷり浸かった。広々とした大浴場では全身の力が抜けるようで、湯の中で両足を伸ばし、足の先まで暖かさが染み渡る。
 宴会は大広間に据えられた定番の旅館の料理を前に、最初の乾杯は箱根ラベルの付いたアサヒビール、そして、地酒の冷酒、宴を盛りあげた。
 宴が進み、マイクを手に一年にあったことや、言いたい一言など、順々に巡って声を張り上げた。山場ではみんなが手を打ってはやした。しかし、その言われたことも、軽く回ってきた地酒の酔いと共にすぐ消え去った。盛り上がる割に酒量は減ったね。
 そして、一人一人と杯を交わすと、寄る年波、色々な部分で故障を患って、治療して克服し、そんな話が多い。十年、二十年前のことは思い出すが、昨日のことは直ぐ抜ける。白髪でさえ薄くなってきた頭の中側の偽らざる変化か。

 皆、孫の話に目を細めたり、毎年絵を展覧会に出品したり、無い知恵を絞りエッセイを書いたり、暖かくなればゴルフで白球を追い、まだ明日があることを暗黙に期待しながら、今を過ごしている。

(二〇一三・十二・二六)

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