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「800字文学館」

長生きのリスク

野瀬 隆平

 人類の長い歴史は、飢餓との戦いであった。肥満が問題となったのは、つい最近のことである。こんな例え方をする人もいる。これまでの長い人類の歴史を二十四時間とするなら、肥満が問題となったのは、最後のわずか五秒だと。

 同様に、これまでは命をいかに長らえるかが人類の念願であったが、近ごろ長生きすることが問題となってきた。
 健康で長生きできるのなら良い。しかし、体の自由が利かずぼけた状態で、ただ命をつないでいるだけでは、本人はもとより、周りの人たちも決して幸せではない。「長生きのリスク」と言ってもよい。
 このようなリスクを避けるために、健康を第一に考えるのは当然としても、万一の場合に備え、充実した生活を多少犠牲にしてでも、消費を抑え貯蓄に励むこととなる。
 しかし、その結果はどうか。本人が思っているほどは長生きせず、蓄えたお金を使い果たさない内に亡くなってしまう場合が少なくない。一説によると、高齢者が亡くなった時、平均二、三千万円の金融資産を残すと言う。後の者に財産を残すのは、決して悪いことでは無いが、本来自分が過ごせるはずのより良い生活を我慢してまで、残す必要はない。この辺りの調整が難しいのは、自分の余命と体がどうなるかを、確実に予想することが出来ないからである。

 そこで、この不確実さに基づくリスクを担保する保険を考えてはどうか。ある金額を保険会社に預託すると、毎月なにがしかの定額の金が、生涯受け取れる。少なくとも経済的には、充実した生活が保障される。更に、万一病気や介護が必要となった時には、既存の保険ではカバーしきれない部分が補てんされる。その代り、亡くなった時には、預託していた金額は全て保険会社の物となる。そんな保険である。
 国が政策として、相続税を多く取り、高齢者を支える層の税負担を軽くするというのが本来の姿かもしれないが、それが難しいのならば、このような保険があっても良いのではないか。

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