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「800字文学館」

ルーツ探しは面白い (セレンディピティ)

池田 隆

 由緒ある家柄でなくとも、ルーツ探しは奥深く、面白い。
 私の父は生れる直前に、伊賀で油商を営む実父(私の祖父)を店火事で亡くした上、幼児期に実母が他家へ再婚したので、神戸に住む親戚の下で育てられた。成人後は長崎や東京で慌しい会社勤めの人生を送る。自分のルーツについては、先祖が居た村の名前と数枚の古文書など、わずかな情報を子に伝えて世を去った。
 その父の三十三回忌を機に、軽い好奇心からルーツ探しを始めた。しかし手掛りは少ない。先ずは現地調査と、貸自転車で伊賀の村落を訪ね回る。その日の日記より。

 先祖の菩提寺と思われる金台寺に行くが住職は不在、仕方なく近くの千貝村へ向う。たまたま農道で見かけた婦人に、「先祖のルーツを探しているのですが、この付近に古い事情に通じた方をご存じないですか」と訊ねてみた。すると「宮田さんが良いでしょう」とその居宅を教えてくれる。
 訪ねると先方も農作業の最中であったが快く応じて下さる。瀟洒な屋敷である。まず奥より「家に伝わる古いアルバムですが、……」と言って出してこられた。
 開いて仰天、私の祖母と伯母の写真があるではないか。話していくと宮田氏と私は互いに再従兄弟の子同士である。
 そこで初めて高祖父と曾祖父の兄の名前を知り、彼らの肖像写真も拝見。偶然訪ねた御宅が遠縁に当るとは!
 近くの不遠寺にも案内下さり、境内にある大きな石碑がご先祖の誰かの墓らしいとのこと。私の持参資料と照らし、墓碑に刻まれた戒名から互いの高祖父母の墓と判明する。

 四代前の高祖父母の数は十六人、その血を引継ぐ四代後の子孫は百人ほどだろう。しかも互いに散らばって住み、関係も途絶えた子孫同士が日常生活で偶然出会う機会は皆無に近い。遠い未知の血縁者との奇遇はそれだけで人生の醍醐味である。
 先日ある友人から教わったが、予期しない幸運を呼び込む能力を英語ではserendipityと言うらしい。ルーツ探しはセレンディピティを向上させる。
 犬も歩けば棒に当たる。

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