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「800字文学館」

阿武隈川源流 奪われた山川の恵み

大越 浩平

 阿武隈川源流付近の温泉が好きだ。川沿いの林の中に旅館が点在する。3・11・直後の4月に、福島県中通りを調査した際も、付近に宿を取った。
 昨秋。福島県での法事ついでに、その辺を良く知る地元の知人に、家族と泊まる泉質の異なる宿を2軒探して貰い、夕食に山菜と茸料理を頼んだ。那須高原は紅葉も始まり、様々な茸が出ている筈だ。
 ところが知人はブスっと、山菜も茸も食えねえよ、と言う。今は、役場などに放射線測定器が置かれ、村人は野菜や山菜、茸の放射線を測る。100ベクレル以下は食用可だが、山菜や茸は論外だという。防災放送で農産物の放射線量を知らせているそうだ。

 宿に着く。温泉は良かった。掛け流しで微かな硫黄臭と濁りある泉質は、実に肌ざわりもよく、湯上りもほかほか爽快、地酒楽しむ。
 翌日は、昨日より上流の宿へ向かう。温泉に驚く。無味無臭、蒸留水のように澄んでいる。こんな温泉は初めてだ。

 翌朝、阿武隈川源流遊歩道を歩く。昨晩小雨が降ったのか、落葉のしっとりとした香りと冷気が、朝湯で温まった身体に心地よい。川筋に入ろうとしたとき、「禁漁」の看板が目に入る。「原発事故放射能の影響により、平成25年度も漁業・遊漁共全面休止となりました」とある。ここはイワナやヤマメの宝庫なのに、山菜も茸も魚も蟹も駄目とは・・・住民は山川の恵みを奪われた。
 私は当地の景色と温泉、食材に魅入られていたので嘆いた。

 同行した知人のお嬢さんが、気分転換にちょっと変わった食事所に行こうと慰めてくれる。  その道すがら、福島と栃木の県境付近であろうか、道路沿いに、「除染作業中」の幟が何本もはためいている。車から降りて見ると、民家周りや庭の表土が削られていた。表土はシートに包まれ積んである。あまりに単純な光景に驚いた。山から落葉や水が流れでて、汚染地域は広がる一方だろうと暗澹とした。

 店に着いた。ビートルズフリークの聖地のようだ。おいしかった。

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